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【被害も加害も】
謝罪の道を開いた1990年代の日本政府は、その想いを行動に移しました。元慰安婦の女性たちに向けた償い事業を目的として、日本政府は国民に寄付を募り、1995年に「アジア女性基金」を設立。当時において生存し、かつ特定できた364名の元慰安婦の女性たちに向けて、総理大臣からのお詫びの手紙・償い金・医療福祉支援金を、この基金を通じて渡しました。国民からの募金約5億6500万円は全額が償い金にあてられ、医療福祉支援には政府資金約7億5000万円が支出されました。 こうしたアジア女性基金の償い事業は、フィリピンとオランダにおいては2001年に、韓国と台湾においては2002年に、インドネシアにおいては2007年に、それぞれ完了しました。これら事業の対象とできた364名とは、慰安婦の推定総数5万人から20万人を考えると、わずか0.2%から0.7%にしかなりません。ここに辿り着くまでに、戦後50年も掛かってしまったということは、それ程までも、遅きに失してしまったということでしょう。心に深い傷を抱えたまま、この償い事業に癒されることなく、無念にも亡くなられた女性たちが99%以上であるという事実を、忘れることはできません。 しかし、それでもこの償い事業を可能にした、心ある日本国民の深い想いは、その拠金者の数々のメッセージから見て取ることができます。当時の村山首相によるお詫びの手紙にも、心に響く想いがつづられています。その意味においてもこの事業は、被害者にとって癒しのある、心に寄り添った、つぐないではないでしょうか。 一方で、アジア女性基金は、このような問題を二度と繰り返さないよう、歴史の教訓として未来に引き継いでゆくことも、その重要な目的のひとつとしていました。そこで、慰安婦問題に関連する資料の収集や整理を行い、その成果として5巻本の資料集を完成させ、ウェブサイト上のデジタル記念館を設立しました。そして、設立時の目的は達成されたとして、2007年にアジア女性基金は解散したのです。 しかし、ここに大きな疑問が残ります。本当にこれら資料集やウェブサイトをもって、未来に伝え継がれる教育とできるのでしょうか。このような問題を二度と繰り返さないよう、歴史の教訓として、これらで充分だと言えるのでしょうか。 国連人権委員会に任命された特別報告者が、1996年に提出した報告書。その中で、「日本政府が『奴隷』という表現やその法的責任を未だ否定していることは承知してはいるものの、慰安婦の存在は国際的に認められる『性奴隷』の明らかな事例であり・・・日本政府が国際人道法の違反につき、法的責任を負っている」と、国連特別報告者は明言しました。さらには、「日本政府はその法的責任を認め、補償を行い、全ての資料を公開し、謝罪し、学校における歴史教育を改訂して、歴史的事実を反映したカリキュラムを導入し、責任者を可能な限り処罰すべきである」と勧告しました。 また、1997年の国連人権委員会における「奴隷制の現代的形態」の報告の中で、慰安婦問題に関する日本政府とアジア女性基金の取り組みを「問題解決に向けての前進ではあるが、今後のさらなる建設的な対話と協力を推奨する」としています。 これらも踏まえて、戦後73年間、日本政府は、慰安婦問題を含む戦争加害者としての平和教育に、どれだけ本気で向き合ってきたのでしょうか。そして、歴史の事実を直視した、未来に伝え継がれる戦争加害者としての平和教育とは、一体どういうものなのでしょうか。 第二次世界大戦を、日本と組んで戦ったドイツ。現在そのドイツでは、ナチスの加害行為を伝え継ぐ多くの追悼施設が、国内各地にあります。これらの追悼施設とは、かつての強制収容所、収容所へ被害者を運んでいた列車、戦争捕虜収容所、障害者安楽死施設、監獄、迫害施設、加害者のイデオロギーを示す場所、人権侵害に対する抵抗運動の場所など。これらナチス時代の遺跡が多く保存され、街中に説明パネルが設置されるなど、戦争加害行為を日常的に意識することができます。 これらの追悼施設は、戦争加害者としてのドイツ現代史を回避せず、未来に伝え継ぎ、このような問題を二度と繰り返さないことを目的としています。そして、これら追悼施設は、学校における歴史教育の柱として活用することにより、歴史の事実を直視した、再びそうした状況をつくらないための、政治教育の役割をも果たしています。 それでは、現在の日本ではどうでしょう。真っ先に思い浮かぶ追悼施設は、広島平和記念公園でしょう。原爆の悲惨と平和への願いを伝え継ぐ、心を根底から揺さぶるほど、素晴らしい施設です。しかし、日本の戦争加害行為を伝え継ぐことが目的でないことは、当の公園が明確にしています。日本の代表的な追悼施設では、広島・長崎の被爆体験、沖縄の地上戦体験、各都市の空襲体験など、日本の戦争被害の承継が、その平和教育の中心を成しています。 一方で、戦争捕虜収容所、監獄、迫害施設、毒ガスなど化学兵器製造・実験施設、加害者のイデオロギーを示す場所、人権侵害に対する抵抗運動の場所など。これら軍国主義の遺跡は、現在の日本においてほとんど保存されておらず、街中の説明パネルなど、戦争加害行為を日常的に意識することができる施設は、ほぼ存在しません。仮にそれらが保存されていたのであれば、いわゆる「慰安婦の少女像」や「強制労働者の像」を、韓国系や中国系の市民団体が意地になって設置することも、日本政府や日系市民団体がムキになって撤去を求めることも、なかったのかも知れません。 「ナチスは、軍国日本より遥かにひどいことをしたので、比較することなどできない」と言う人もいるでしょう。しかし、それは、「ソ連は、ナチスより遥かにひどいことをした」と言う、ドイツにおける少数の保守派と似ているほど、浅はかでしょう。 そして、本文で既に述べた、慰安婦にかかわる聞くに堪えない事実関係のみをとらえても、軍国日本がおぞましい人権侵害をしてしまったことは、悲しいことに事実です。「こちらよりもっとひどいことをした人がいた」とか、「こちらの方がマシだった」とか、「戦時中は仕方がなかった」のだと言って、してしまった人権侵害の重みを軽くするような錯覚に甘えることは、許されません。 戦争の被害を二度と繰り返さないために、平和を求め、戦争を反対することは、素晴らしいことです。しかし、戦争被害の教育ばかりに焦点を当て過ぎると、それはいつしか「戦争被害だけは、何が何でも回避しなければならない。そのためには、何をしても良い」という、危うい考えにすり替わってしまうおそれがあります。 「(自分の)戦争被害を避けるためには、先制攻撃をしても良いのではないか。そして、(自分の)戦争被害を避けるための戦争(加害)は、あり得るのではないか」という攻撃的な選択が、恐怖と不安にあおられた人々の頭をよぎる。現在、北朝鮮の核兵器やミサイルによる不安にあおられて、憲法9条(戦争の放棄を明記した条文)をかえて日本をまた戦争の出来る国に戻すことを容認する発言が、ちらほら聞こえてきているのも、このような考えではないでしょうか。 これが、平和教育の中で、戦争加害の承継をおろそかにしてきたことの、結果ではないでしょうか。そして、誰もが見たくなかった、聞きたくなかった、戦争加害の平和教育を、直視して、話し合い、伝え続けなければならない理由ではないでしょうか。 私の戦争被害は、あなたの戦争加害。 私の戦争加害は、あなたの戦争被害。 誰もが、戦争被害を受けてはならないことから、誰もが、戦争加害の醜さや残虐さを黙認してはいけないのです。戦争加害と戦争被害は、表裏一体として非人道的なので、平和を求め、戦争を反対する。 そうした、未来に伝え継がれる教育を選択することこそが、つぐないではないでしょうか。 続きを読む:謝罪、そして、つぐない(5)【正直な平和教育】 前回を読む:謝罪、そして、つぐない(3)【事実を認める】 全シリーズ:謝罪、そして、つぐない(1)~(6) [1] [2] [3] [4] [5] [6] 同じテーマを読む:暴力/平和 Comments are closed.
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