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#26: 謝罪、そして、つぐない(第6回)

4/8/2018

 
【心の傷に寄り添う】
日本では「自国への誇り」を取り戻すため、戦前のように、政府が国民の考えを操作しようとする方法を選んでしまいました。それは「日本人であることを『恥ずかしい』と思い、罪悪感を覚え、日本に誇りが持てなくなる」と思われがちな歴史教科書の記述は、たとえ事実であっても、多くの証人や資料が戦争により失われた今、それらは証明できないという理由とも言えない理論で、圧力をかけて徐々に削除することでした。
 
現在の安倍晋三総理や麻生太郎副総理をはじめ、ほとんどの主要な自民党議員や戦前教育で知られる森友学園の籠池泰典もメンバーである、日本会議。その日本会議の主目的として「学校教科書における『自虐的』『反国家』な記述の是正」や「わが国の歴史を悪しざまに断罪する自虐的な歴史教育の是正」があります。また、日本会議の歴史認識として「先の戦争は侵略戦争ではない。謝罪外交をやめて国の誇りを取り戻す」があります。
 
日本会議にとって、戦争加害の事実をありのまま教えることは「反国家」のようです。そして「反国家」という汚名を着せて「自国への誇り」を持てという手法は、まさに戦前の「非国民」思想と通じるものがあります。「非国民」とは、平和的な言動を行う者や、政府の方針に従わない者などに対して用いられた、強い憎悪・非難・侮辱を意図する表現でした。そして「非国民」を迫害することは「愛国心」であり「自国への誇り」だと、戦前の日本では国の方針のもと、幅広く教えられたのです。
 
これらは、戦前の思想を良しとする、軍国日本による戦争加害を肯定する、とても危険な考えです。仮に、ドイツが学校教科書や歴史認識において、ヒットラーやナチスについて同じような主張をしたならば、極めて怪しい思想だと捉えられるでしょう。そして、仮に現在のドイツの首相や与党が、このような考えを支持しているとあらば、非常に危うい状況だと言わざるを得ないでしょう。
 
現在の政権と与党をみる限り、知らず知らずのうちに、日本はもう既にその状況にあると言えるでしょう。残念なことに国がその方法を選び、そしてもっと残念なことに、多くの国民もそれに便乗し、易きに流れてしまったからです。
 
このような考えによって「日本人が、再び日本に誇りを持てる」と、本当の意味において言えるのでしょうか。見たくないものを見ないことや、聞きたくないことを聞かないこと。避けて、逃げて、やり過ごして、やがて忘れ去る日を待つことによって、本当に誇りが持てるようになるのでしょうか。
 
本物の「自国への誇り」とは、過去の過ちと正面から向き合い、二度と繰り返さないと固く決意し、そして謝罪とつぐないの先に存在する「希望」のことではないのでしょうか。少なくとも、多くのドイツ学生たちは、そのように考えているようです。
 
それを、私たちはなぜためらうのか。「自分自身が犯した罪ではなく、過去の人たちが犯した罪。たまたま、同じ国に生まれてきたというだけの理由から、その罪の責任は、今ここに生きる私たちにあるのか。」このような、やるせない感情があるからでしょうか。
 
それについて、はっきりと言うならば、過去の人たちによる慰安婦問題を含む「戦争の加害行為」について、今ここに生きる私たちに責任はありません。その責任は、私たちにはまったくありません。なぜなら、ある行為の責任は、その行為を直接的または間接的に行った者にのみ帰属するからです。
 
そして、非常に明確に、今ここに生きる私たちのほとんどは、その加害行為を直接的にも間接的にも行っていないからです。加害者は、紛れもなく、積極的であっても消極的であっても、戦争に結果的に賛同してしまったり、それを許容してしまった、過去の人たちです。
 
一方で、その過去の戦争加害を、現在においてもなお正当化する、肯定する、あるいは許容する考えや姿勢は、例えどのような形をとっていようと、どれほど理屈をこねて「そのようなつもりはない」とか「仕方がなかった」とか「他国はもっとひどいことをやっていた」と言って軽んじようとも、到底許されることではありません。
 
そのような考えや姿勢が、今ここに生きる私たちにあるのであれば、その考えや姿勢については、非常に明確に、今ここに生きる私たちに責任があります。その責任は、生まれや国籍などを問わず、紛れもなく、私たちにあります。
 
ドイツにおける追悼施設や学校教育は、その多くが1960年代に進められました。それは、戦後世代の戦争に対する「危機意識」が、その親世代の「忘れ去りたい意識」を超えたからだと言われます。残念なことに日本では、いまだに「忘れ去りたい意識」を超える世代が、現れていないのではないでしょうか。
 
戦争加害も被害も、共に未来へ伝え継ぐ教育。それは、歴史の事実を直視した追悼施設や、正直な学校教育。それは、形だけのものではなく、魂の宿った、本物の平和教育。もう二度と戦争加害や被害が誰にも起こらないよう、こうした未来に伝え継がれる教育を続けること。そして、あまりにも深すぎる傷を負った人たちに、せめてもと寄り添う心を持ち続けること。
 
つぐないとは、このようなことではないでしょうか。
 
そのつぐないをするのもしないのも、今ここに生きる私たちにかかっています。被害者にとって癒しのある、心に寄り添った、解決ができるのは、今ここに生きる私たちではないでしょうか。


前回を読む:謝罪、そして、つぐない(5)【正直な平和教育】

全シリーズ:謝罪、そして、つぐない(1)~(6)
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同じテーマを読む:暴力/平和

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