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122: 戦後80年、日本の大問題(1)

8/10/2025

 
【人びとの選択】
その国の選挙において、どの政党・候補者に投票したのか。そこから、国民の様子が見て取れます。すなわち、人びとの考え・意識・姿勢です。
 
昨年10月の衆議院総選挙において、自民党はいつもに比べれば大敗したと言われてはいるものの、それでも第1党であることに変わりなく、政権を担い続けています。[詳しくは#116]
 
そして、先月の参議院選挙も、似たような結果でした。
 
参議院選の得票率は(カッコ内は前回の衆議院選)
  • 自民・公明・維新・国民・参政・日保など、保守系の合計:71.1%(62.5%)。
  • 立憲・共産・れいわ・社民など、リベラル系の合計:28.9%(37.5%)。
 
実に、42.2ポイント差もあけて、保守系が当選。これは、前回の衆議院選の25.0ポイント差から、さらなる保守化を示しています。
 
ちなみに、前回のアメリカ大統領選の得票率は
  • トランプ49.8% vsハリス48.3%→1.5ポイント差で保守系当選
 
同じ保守系の当選でも、日本の25.0~42.2ポイント差と比較して、米国は1.5ポイント差。
 
この僅差が、多くの米国市民のみならず、世界中のリベラルな人たちの希望になっています。それは、前バイデン政権のように「次はリベラル」という期待につながるから。
 
日本の参議院選に話を戻すと、その中でも、特に警鐘を鳴らすのが、戦前・戦中の軍国主義を彷彿とさせる言動が目立つ参政党が、得票数で自民に次ぐ2位につけたこと。
 
得票上位5政党は
  1. 自民:24.7%
  2. 参政:15.1%
  3. 立憲:14.9%
  4. 国民:13.4%
  5. 公明:  7.6%
 
終戦80年の今年、戦争の悲惨が薄まり、人権意識を軽んじる多くの人びとの考え・意識・姿勢が透けて見える、とても残念な結果です。
 
なぜなら参政党は、浅はかなトランプイズムを真似るかのように「日本人ファースト」を主張し、排外主義・ナショナリズムを前面に押し出し、根拠のない陰謀論や反ワクチンを吹聴し、女性・外国人・LGBTQ差別を繰り返しているから。
 
そして、軍国日本を造り上げた教育勅語の義務化を推奨し、天皇を敬愛する家族国家が「国体」だと押し付け、過去の侵略戦争・加害の歴史を否定し、憲法から平和主義を削除し、お国のために戦争で人を殺すことを美化するから。
 
これらは、強制的な権力により従わせようとするファシズムにもつながります。まさに、かつての軍国日本のように、戦争ができる国に戻すことを目指していると言えるでしょう。 [詳しくは#84]
 
今までも、自民のほとんどの主要議員がメンバーになっている日本会議や、少し前まで躍進していた日本維新の会も、似たような主張を繰り広げています。[詳しくは#65]
 
それでは、なぜ、多くの日本国民が、それら保守系政党を選び続けるのでしょう。
 
次回は、そこを深めたいと思います。
​

続きを読む:戦後80年、日本の大問題(2)【都市部でさえ】

同じテーマを読む:暴力/平和

121: 何があっても

7/10/2025

 
現在も続くガザ地区におけるイスラエル軍の攻撃について、様ざまな意見が飛び交っています。イスラエル軍によるジェノサイドを糾弾するものから、ひたすら擁護するものまで。
 
けれども、感情に流されず、ノイズに惑わされることなく、恵まれない境遇にある人たちへの思いやりと寄り添う心をもって、この事態をしっかりと捉えたならば、真実はおのずと見えてきます。
 
何があっても、暴力はダメ。
 
現実として、それは、とても辛いこと。難しいこと。
 
なぜなら、愛する人たちが殺されても、それでも「殺し返せ!」はダメだから。
次は自分が殺されるかも知れなくても、それでも「だったら先に殺してしまえ!」はダメだから。[詳しくは#103]
 
約1千人:2023年10月7日、テロ組織ハマスによるイスラエル攻撃により命を奪われたイスラエルの人たち。その殆どが民間人。
 
約5万6千人(うち、子ども1万7千人):それ以降、イスラエル軍によるパレスチナ攻撃により命を奪われたパレスチナの人たち。同じく、その殆どが民間人。
 
1千人を殺してはいけないし、また、先にそうされても、5万6千人を殺していいことにはならないし、1万7千人の子どもたちを殺していいことにはなりません。
 
殺してはいけないし、また、先にそうされても、殺し返していいことにはなりません。
 
負傷者、生活・人生が破壊された人たちを含めると、悲しみはさらに倍々式に増えます。
 
思いやりと寄り添う心をもったならば、真実は明らかになります。
 
とても辛くて、難しいけど。
何があっても、暴力はダメ。

同じテーマを読む:暴力/平和

107: 9回裏2アウトの罠(5)

5/10/2024

 
【1回表から始める】
「けど、仕返しで殺すことに正当性がないのなら、一体どうすればいいんだ!」
 
もう後がない「崖っぷちの状況」に追い詰められた時には、打てる手立てが殆どありません。「生まれたばかりの赤ちゃんであっても、小さな子どもたちであっても、無実の人たちを巻き込み殺してもやむを得ない」のように、とても理不尽で正当性のないことに、正当性を見いだそうとすることくらいしか残されません。
 
けれども、例えこのような「9回裏2アウトの罠」に陥ったとしても、理不尽なことは、理不尽には変わりはない。してはならないのです。
 
では、どうすれば良いのか。
 
少なくともそれは、「9回裏2アウト」の状況から考えて話し合いを始めるのでは、あまりに遅すぎるということ。
 
「平和と戦争や、非暴力と暴力」の話し合いをする度に気がつくのは、「9回裏2アウト」の議論を伝家の宝刀の如く、すぐに持ち出す人たちが多いこと。「非暴力ではヒットラーは止めれなかった」とか、「原爆投下なくして軍国日本は降伏しなかった」など。
 
その議論自体が浅はかなのは、話し合いをそこから始めるのだと、当然になすすべが殆どなく、残されたオプションはどれも悲惨だからです。「やり返さなければ、こっちがやられる」にすぐに行く着くしかない「9回裏2アウトの罠」だからです。
 
そこに囚われ続けたままでは、実り多き考えや成果を伴う話し合いには、発展しないでしょう。
 
そうではなく、試合開始である「1回表」から考えて話し合いを始めなければならない。欲を言えば、試合前の練習から始めても良いくらいです。考えて話し合うべきは、どうやって「9回裏2アウト」の状況にならない世界を築いてゆくのか。正直な平和教育がとても大切です。
 
この世界をすべての生命にとってより良くする責任。この責任は、すべての大人に課せられていることを、私たちは自覚しなければなりません。
 
もちろん、娯楽は大切です。子どもから大人まで人生を笑顔で彩るには、すべての人にとってエンターテインメントは必要です。
 
けれども、たとえばYouTubeの人気娯楽動画が一週間のうちに5百万回超も視聴されるのに対して、平和教育の大切な本はどれほど読まれているのか、とても危惧します。
 
マーティン・ルーサー・キングやマハトマ・ガンジーが書いた本を、深く考察する人がどれ程いるのか、危機感を覚えます。非暴力抵抗を実践した人たちの考えを、本質的に理解して取り入れる真の勇気ある人があまりに足りない。あるいは、家永三郎が戦争責任を問う本に書いた、心に突き刺さるような想いを熟慮する人があまりに少ないことに、危惧を抱きます。
 
平常時に、何をするのかが大切なのです。「1回表」から考えて話し合うことで、「9回裏2アウト」の状況にならない世界を築いてゆくのです。
 
もちろん、やる気はあっても出来ない人たちもいるでしょう。たとえば、暴力・虐待・貧困など、困難な境遇にある人たちには、あまりにも環境が整っておらず、難しいかもしれない。
 
また、そうではない人たちでも、仕事・家事・子育ての日々に追われ、ゆっくりと一息つける時に、非暴力抵抗や戦争責任など、頭と心のフル稼働を要求されるヘビーなトピックを自ら進んで手に取るのは、正直キツイでしょう。けれども、多少のゆとりがあり、できる境遇にあっても、色々な理由を述べては、平常時は娯楽にふけりがちな人たちが多いのが、現状ではないでしょうか。
 
戦争・紛争において、当然のように恐怖に陥り、生々しい感情をむき出して、狂気を起こし続けないためにも。人間の醜い争いを、一時的ではなく永続的に終わらせるためにも。
 
「1回表」から始めませんか。


前回を読む:9回裏2アウトの罠(4)【もう手立てがない局面】

全シリーズ:9回裏2アウトの罠 (1)~(5)
[1]   [2]   [3]   [4]   [5]   

同じテーマを読む:暴力/平和

106: 9回裏2アウトの罠(4)

4/10/2024

 
【もう手立てがない局面】
殺すことで、殺しを失くすことはできません。
 
それは、一人の無実の人間の命が奪われることにより、殺されてしまった人の家族・友人など、複数の人たちに「仕返しで殺す正当性」を与えたのなら、それこそ次々と、まるで倍速的に「正当に殺す権利」を生んでしまい、人びとは殺し続けても、とても追いつくことはできないからです。
 
現在のウクライナとロシアや、イスラエルとパレスチナにおいても、同じことが言えるでしょう。これら2つの戦争のみを捉えてみても、現時点において、パレスチナ市民約33,091人、イスラエル市民1,410人、ウクライナ市民40,000人、ロシア市民60人が殺害されてしまいました。
 
ここではっきりと認識すべきは、その大多数が、先の殺人に何ら関係のない無実の人たちだということ。
 
さらには、イスラエル軍の攻撃により、ガザ地区に住んでいたパレスチナの人びと約170万人が慣れ親しんだ生活を追われ、死と隣り合わせの難民生活を余儀なくされています。また、ロシア軍の攻撃により、ウクライナの人びと1千万人が国内外において難民生活を余儀なくされています。
 
そして過去から現在まで、世界中の戦争・紛争のあまりにも大きな被害を前に。殺されてしまった人の家族・友人など、複数の人たちに「正当に殺す権利」を与え続けるのなら、人びとはどれほど殺しを続けたとしても、むしろ殺すたびに、さらに「正当に殺す権利」がそれ以上に増えてしまい、とても追いつくことはできません。
 
人類が今まで繰り返してきた戦争・紛争の悲惨な歴史から素直に学んだのなら、人間の醜い争いに終わりがない理由は、ほぼこれに尽きるでしょう。
 
たとえ一時的に抑え込めたとしても、長期的な視野で捉えたならば、どうしても、先の殺人に何ら関係のない無実の人たちを巻き込んでしまう「正当防衛」を主張した「次なる殺害」には、終わりがないからです。
 
「先に殺されたので、仕返しで殺すことは正当防衛だ」とする攻撃が、「必ず先の殺人を犯した相手だけ」を唯一の対象にすることがほぼ不可能だからです。
 
「けど、仕返しで殺すことに正当性がないのなら、一体どうすればいいんだ!何もしないと、無実の人たちが殺され続けるんだ。次は、自分や自分の家族かも知れない。殺し返すしかないだろう!!」
 
このような、もう後がない「崖っぷちの状況」に追い詰められた時には、打てる手立てが殆どありません。「生まれたばかりの赤ちゃんであっても、小さな子どもたちであっても、無実の人たちを巻き込み殺してもやむを得ない」のように、とても理不尽で正当性のないことに、正当性を見いだそうとすることくらいしか残されません。
 
これが「9回裏2アウトの罠」なのです。
 
ここに一歩足を踏み入れると、ズブズブと泥沼の深みにはまってゆきます。もう
打てる手立てがほとんどない局面を迎えてしまいます。
 
けれども、たとえ罠にはまってしまったとしても、どれほど悲しくて辛くとも、理不尽なことは、どのような状況にあったとしても、理不尽には変わりはない。してはならないのです。
 
では、どうすれば良いのか。次回は、そこにつなげてみたいと思います。


続きを読む:9回裏2アウトの罠(5)【1回表から始める】
前回を読む:9回裏2アウトの罠(3)【殺しで殺しは失くせない】

全シリーズ:9回裏2アウトの罠 (1)~(5)
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同じテーマを読む:暴力/平和

105: 9回裏2アウトの罠(3)

3/10/2024

 
【殺しで殺しは失くせない】
殺し返せば返すほど、無実の人たちは、もはや無実ではなくなり、別の無実の人たちを巻き込んでしまう。
 
テロ組織ハマスの攻撃により、多くのイスラエルの無実の人びとが殺されてしまいました。そして、いつの時代も戦争・紛争において、性暴力に巻き込まれる無実の女性たちが後を絶たない。
 
国連の調査によると、少なくとも複数名のイスラエル女性が、ハマスにより強姦を含むおぞましい性暴力の被害にさらされ、その多くが全身あるいは下半身のみ裸で、手を縛られたまま、弾丸の痕を残した遺体で発見されています。
 
そして「先に殺されたので、仕返しで殺すことは正当防衛だ」とする、イスラエル軍による「正当防衛」を主張した「次なる殺害」で、多くのパレスチナの無実の人びとが殺され続けています。
 
国連の調査によると、今度は少女たちを含むパレスチナ女性たちが、イスラエル軍により強姦を含むおぞましい性暴力の被害にさらされたり、白い布を振りかざして避難中にもかかわらず殺害されています。
 
さらには、ガザ地区で医療・人道支援を行う「国境なき医師団」のシェルターをイスラエル軍は攻撃し、ボランティア活動をする医師の家族が殺害されたり、複数名の民間人が負傷しました。
 
また、少なくとも20名のパレスチナの子どもたちが栄養失調・脱水症状から死亡。国連によると、数十万人のパレスチナの無実の人びとが栄養失調・脱水症状から死亡しかねない、非常に危険な状況にあると警告しています。
 
まさに、戦争の愚かさには際限がありません。
 
捕虜としてハマスに捕らえられていたイスラエル市民3名が脱走に成功、イスラエル軍に保護を呼びかけたものの、自分たちを護るはずのイスラエル兵士たちにより射殺されました。3名は白旗を振りかざし、武装していない証拠として着ていたシャツを脱いで、母語であるヘブライ語で保護を呼びかけましたが、イスラエル兵士たちは「恐怖のあまりに誤って発砲した」と説明します。
 
もちろん、これらのような大惨事は最近のイスラエル・パレスチナだけのことではありません。むしろ、いつの時代も戦争・紛争において、当然のように人間は恐怖に陥り、生々しい感情をむき出して、狂気を起こし続けてきました。
 
その根本にある理由は「先に殺されたので、仕返しで殺すことは正当防衛だ」とする攻撃が、「必ず先の殺人を犯した相手だけ」を唯一の対象にすることがほぼ不可能だからです。どうしても、先の殺人に何ら関係のない無実の人たちを巻き込んでしまう。
 
そのような状況のなか、一人の無実の人間の命が奪われることにより、殺されてしまった人の家族・友人など、複数の人たちに「仕返しで殺す正当性」を与えたのなら、それこそ次々と、まるで倍速的に「正当に殺す権利」を生んでしまいます。
 
そして「正当に殺す権利」が倍速的に増えてしまうのなら、人びとは殺し続けても、とても追いつくことはできません。殺すことで、殺しを失くすことはできないのです。
 
「9回裏2アウト」のように、もう後がない「崖っぷちの状況」に追い詰められた時、多くの人たちがこの真実に直面せざるを得なくなってしまうのです。


続きを読む:9回裏2アウトの罠(4)【もう手立てがない局面】
前回を読む:9回裏2アウトの罠(2)【生々しい感情】
 
全シリーズ:9回裏2アウトの罠 (1)~(5)
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104: 9回裏2アウトの罠(2)

2/10/2024

 
【生々しい感情】
「正当防衛」を主張した「次なる殺害」は、「無実の人たちを巻き込み殺すことはやむなし」を意味するので、終わりがありません。
 
ロシア軍によるウクライナへの侵略戦争においても、同じことが言えるでしょう。
 
ロシア軍の攻撃により、多くのウクライナの無実の人びとが殺されてしまいました。ウクライナ軍は「先に殺されたので、仕返しで殺すことは正当防衛だ」と言い、今度はロシアを攻撃する。
 
けれども、まさにそのウクライナ軍の仕返しで、先のロシア軍によるウクライナへの攻撃とは何ら関係のないロシアの無実の人びとまでもが殺されている。その中には、プーチン政権を反対していたり、反戦を訴え平和を願っていた人たちもいるでしょう。
 
そして今度は、そのロシアの無実の人びとが同じ理屈で、「先に殺されたので、仕返しで殺すことは正当防衛だ」と言う。
 
このように殺し返せば返すほど、無実の人たちは、もはや無実ではなくなり、別の無実の人たちを巻き込んでしまう。たとえ一時的に抑え込めたとしても、長期的な視野で捉えたならば、「正当防衛」を主張した「次なる殺害」には、終わりがないのです。
 
人類が今まで繰り返してきた戦争・紛争の悲惨な歴史においても。また、ウクライナとロシアや、イスラエルとパレスチナなど、最近の世界情勢からも。その事実は幾度となく証明されています。
 
そもそも多くのパレスチナの無実の人びとは、卑劣な迫害をイスラエルの歴代政権から受け続けていたり、おぞましい暴力にさらされ続けていたり、数十年にも渡り理不尽に投獄され続けていたり、残酷な貧困を余儀なくされ続けている。
 
そのことからも、パレスチナの無実の人びとは同じ理屈で、「先にやられたので、仕返しは正当防衛だ」と言います。そして、その中から、残忍なテロ行為に正当性を主張してハマスに参加してしまう、元々は無実だったパレスチナの人たちもいるのです。
 
愛する人が殺された、言葉にできない悲しみ。
その殺人者が憎い、許せない。
 
この悲しみ・怒り・憎しみという、自然の生きものである人間の生々しい感情が、仕返しで殺すことに正当性を感じさせる。
 
「9回裏2アウト」のように、もう後がない「崖っぷちの状況」に追い詰められた時、多くの人たちがそう感じてしまうのです。


続きを読む:9回裏2アウトの罠(3)【殺しで殺しは失くせない】
前回を読む:9回裏2アウトの罠(1)【正当ですか?】
 
全シリーズ:9回裏2アウトの罠 (1)~(5)
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同じテーマを読む:暴力/平和

103: 9回裏2アウトの罠(1)

1/10/2024

 
【正当ですか?】
野球用語の中で広く知られていて、日常でも用いられるのが「9回裏2アウト」という表現でしょう。それは、あと1アウトで試合終了、チームの負けが確定することを意味しています。いわゆる「崖っぷちの状況」を表しているのです。
 
その「9回裏2アウト」が、世界中で起こっています。
 
テロ組織ハマスによるイスラエルへの攻撃や、ロシア軍によるウクライナへの侵略戦争。その他にも多くの紛争・暴力が、世界の至る所で悲しみを広げている。
 
そして、とても不幸なことに、今までの人類の歴史において、これらの様な争いは繰り返され、絶えない。
 
その根本にある理由は「正当防衛」を主張した「次なる殺害」です。
 
イスラエル軍は「先に殺されたので、仕返しで殺すことは正当防衛だ」と言い、パレスチナを攻撃する。先の殺人を犯した相手を殺してしまえば、少なくともその同じ相手からは殺される心配がもうなくなるので、身を護るため正当な防衛だと主張するのです。
 
けれども、それらの攻撃が「必ず先の殺人を犯した相手だけ」を唯一の対象にすることがほぼ不可能なことは、戦争・紛争の悲惨な歴史が繰り返し証明しています。どうしても、先の殺人に何ら関係のない無実の人たちを巻き込んでしまうからです。
 
そうであるからこそ、「正当防衛」を主張した「次なる殺害」は、すなわち「無実の人たちを巻き込み殺すことはやむなし」を意味する、とても理不尽で正当性のない主張なのです。
 
そして、まさにそのイスラエル軍の仕返しで、ハマスによるイスラエルへの攻撃とは何ら関係のないパレスチナの無実の人びとが殺されている。
 
小さな子どもたちが殺されている。
 
生まれたばかりの赤ちゃんまでもが殺されている。
 
殺されなくとも、幼少期が失われる。幸せが失われる。父親が奪われる。母親が傷つけられる。兄弟姉妹が苦しめられる。家族が破壊される。貧困に苦しめられる。心の傷は深く、一生消えない。
 
明らかに「正当」ではない。
 
そして今度は、そのパレスチナの無実の人びとが同じ理屈で、「先に殺されたので、仕返しで殺すことは正当防衛だ」と言う。
 
このように、「正当防衛」を主張した「次なる殺害」は、「無実の人たちを巻き込み殺すことはやむなし」を意味するので、終わりがありません。
 
「けど、仕返しで殺すことに正当性がないのなら、一体どうすればいいんだ!何もしないと、無実の人たちが殺され続けるんだ。次は、自分や自分の家族かも知れない。殺し返すしかないだろう!!」
 
それは、まさに「9回裏2アウト」のように、もう後がない「崖っぷちの状況」なのです。


続きを読む:9回裏2アウトの罠(2)【生々しい感情】
 
全シリーズ:9回裏2アウトの罠 (1)~(5)
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#96: 寝た子を起こす(第5回)

5/25/2023

 
【自分の中にいる子】
「寝た子を起こさない」と言っては、ややもすれば目を背けようとする、「差別」というとても大きな問題。
 
それは、「戦争」というとても大きな問題についても、同じでしょう。
 
私たちは、「戦争により自国が受けた被害」には目を向ける傾向がありますが、「戦争で自国が行った加害」からは目を背けようとする。

「寝た子を起こすな!」と言っては「せっかく治まっているものを、余計なことをして、問題を蒸し返すな!」とでも言いたげに、「戦争加害」について話し合うことを「余計なこと」と捉える人たちが、少なからずいます。
 
そして、「戦争加害」から目を背けることを黙認する社会は、マジョリティの一方的な理論がはびこる構造を、浮き彫りにします。
 
悲しいことに、差別・暴力は、いつの時代にも、世界中にあります。それは、動物の本能に攻撃的な部分があり、自身の安全と安心を守るため、縄張り意識を備えているからかも知れません。
 
それこそ、ほとんどの人は小さな子どもの頃から、利己的な部分を備えています。おもちゃ・遊具・場所などの取り合いで、叫んだり、力ずくでもみ合ったり、叩いたり。「これは、自分のものだ!」と、思い通りにしようと、相手を攻撃する。
 
情けないことに、それを、大人になっても続ける人たちがいる。あるいは「仕方がないこと」と、「せっかく治まっているものを、余計なことをして、問題を蒸し返さない」ように、黙認する人たちがいる。
 
けれども、それらは、知らず知らずのうちに社会において差別・暴力を構造化し、その反対側で、差別・暴力に苦しめられる人たちをつくってしまいます。
 
過去に、本能のおもむくままに動いた大人たちが、どのような酷い差別・暴力を繰り返してきたのか。そして、例えどれほど消極的だと主張したところで、自分自身がその問題の一端を担ってしまわないためにも。
 
過去の過ちを二度と繰り返さないように、話し・教え・学ぶことが、とても大切なのです。
 
「差別」と同様に、「何も知らなければ、戦争加害は繰り返されてしまう」という危険性を認識し、子どもたちと「なぜ戦争加害がいけないのか」をテーマに話し合う。
 
過去の過ちを二度と繰り返さない決意と覚悟をもったなら、歴史の事実を回避することなく、討論を組み込み、意見を述べ、深く掘り下げて、事実を直視する正直な学校教育が、とても重要です。
 
易きに流され、厳しい事実から目を背ける方法ではなく、厳しくも事実に向き合う方法を選ぶことこそが、自らの誇りを築いてゆく。
 
「寝た子を起こす」とは、赤ちゃんや子どものことではありません。
 
厳しい事実から目を背けようとする、自分自身の中にいる「寝た子」を意味しているのです。


前回を読む:寝た子を起こす(4)【日本は差別が少ない?】

全シリーズ:寝た子を起こす(1)~(5)
[1]   [2]   [3]   [4]   [5]   

同じテーマを読む:暴力/平和

#78: みんなの自由(第2回)

10/25/2021

 
【ヘイトスピーチ】
前回に述べた、ガソリンスタンドにおける事件。これは、殺人という他者の命を奪う暴力。どれほど犯人が「自分の自由」を満喫したいとしても、「他者の命を奪う暴力を許容できる自由」などありません。
 
この場合は法により、殺人はもちろん禁じられ、マスク着用も義務化されています。法律で「自分の自由」を縛るほどに、他者の命とは、暴力から守られなければならない「他者の自由」なのです。
 
自由を求める私たちにとって、法によりその自由を縛られるのは、とてもつらい。誰もが、不自由を好まないでしょう。そうであるからこそ、暴力ではなく、自らの意思をもって、「自分の自由」を自粛するのです。
 
周りの人たちや世界中の人たちの「生きる自由」をコロナから少しでも守るために、自分の「ワクチンを接種しない自由」や「マスクをしない自由」を自粛する。
 
自らの意思を持って自由を自粛しなければ、法により、その自由が縛られることを招いてしまいます。自由を求める私たちが、法律によって「自分の自由」を縛られないためにも。そして、みんなの自由が成り立つためにも。他者の命・生活・尊厳に対する暴力になりかねない場面において、自らの意思をもって、「自分の自由」を自粛するのです。
 
そう考えたなら、みんなの「生きる自由」を守るために、自分の「殺す自由」は自粛する。
同じく、みんなの「銃におびえることのない自由」を大切にするために、自分の「銃を持つ自由」は自粛する。
 
責任ある大人として、社会のひとりとして、周りの人たちや世界中の人たちへの思いやりをもつということではないでしょうか。
 

* * * * * * * * * *

また、米国のトランプ前大統領や日本の安倍・麻生元首相などの影響に流され、少なからぬ人たちがヘイトスピーチを、特にインターネットを中心として繰り広げています。ヘイトスピーチとは、優越的な立場にある人種・出身・性別・多数派などの人たちが、そうでない立場にある人たちに対して、憎悪を表明したり、助長する表現のこと。
 
それは、言うなれば「言葉の暴力」であり、他者の尊厳に対する暴力です。そして、時にはそれが、他者の命や生活に対する暴力にもなる。
 
そのような行為を「表現の自由」と語っては、「何を言っても自由」というかのごとく、その実態は「自分たちさえ良ければ」になってしまっている人たちが、後を絶たない。
 
ドイツ・フランス・イギリス・デンマーク・スウェーデンなど、多くのヨーロッパ諸国においては、ヘイトスピーチを禁止・罰則する法律があります。ドイツに至っては、ナチス時代の教訓から、懲役5年までの罰則を設けています。
 
日本においては、ヘイトスピーチ解消法が2016年に施行されていますが、あくまでも理念法にとどまっており、禁止・罰則の規定がありません。そして、最も残念なことに、アメリカでは憲法における表現の自由に抵触するとして、最高裁がヘイトスピーチの禁止・罰則を認めていない。
 
けれども、法により縛られていようがなかろうが、自由があるからといって、何をしても良いことにはなりません。例えば、他者の家に勝手に転がり込んだり、物を無断で使ったり、脅したり、殴ったり、ましてや殺したりしても良いことにはなりません。
 
それと同じように、表現の自由があるからといって、他者に対して何を言っても良いことにはなりません。他者の尊厳に対する暴力を振るって良いことにはならないからです。更には、表現の自由と同じように、守らなければならないその他の自由もあるからです。
 
そう考えたならば、みんなの「言葉による暴力のない自由」を守るために、自分の「ヘイトスピーチの自由」は自粛する。
 
すべての人に自由はあります。すべての人や生きものに備わるべきです。そうであるからこそ、みんなの自由を守ることが大切なのです。
 
自由を求める私たちが、他者の命・生活・尊厳に対する暴力になりかねない場面において、自らの意思を持って自分の自由を自粛することが、とても大切ではないでしょうか。


前回を読む:みんなの自由(1)【ワクチン接種】

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#68: アメリカ総選挙の大問題(第3回)

12/25/2020

 
【銃規制】
地方の州に住む人たちが、「一人一票」より遥かに大きな影響力をもって、米国全体の政治的判断を左右する傾向を、憲法の条文が決めてしまっている。このことから、米国市民の大多数が政治的な歪みの解消を望もうとも、憲法改正を実現する確度は、残念ながらとても低い。
 
なにも、憲法改正だけではありません。米国議会が決定できる銃規制、最高裁判事の指名、また、トランプも訴追された大統領の弾劾など、上院における承認を要する判断はすべて、「一人一票」の民主主義から大きく乖離しているのです。
 
例えば、アメリカにおける大問題である銃犯罪。憲法により、銃の所持が広く認められているアメリカでは、銃による殺人事件は日常茶飯事。マシンガンによる銃乱射殺人事件も後を絶たず、子どもを学校に通わせるにも銃による殺人リスクを覚悟しなければならないほど、とても愚かしい社会になっています。
 
その実態は、数字でも明らかです。
 
米国における銃による殺人は、今年だけで約1万9千人。これは、毎日50人以上の命が、銃により奪われているということ。ここには、自殺は含まれていません。更に、命を落とさないまでも、障害が残ってしまった人たちや、トラウマの後遺症に悩まされ続けている人たちなど、銃による身体的・心的な負傷者も含まれていません。もちろん、銃による脅迫被害や、家族・友人を銃で失った悲しみや絶望も、被害への恐怖に怯える日々の心的ストレスも、この数字には一切表れません。
 
また、一度に4人以上が銃により殺害される銃乱射殺人事件は、今年だけで604件。毎日2件近くもあるのです。
 
日本やイギリスのように、厳しい銃規制のもと、銃による殺人がまれな社会と比較すると、米国社会の銃犯罪が病的な水準にあることが分かります。
 
これ程までの被害のなか、なぜ、アメリカでは銃規制が進まないのか。
 
先ず確かなことは、それが「米国市民の総意」ではないということ。実際に、大手調査機関4社の調べによると、65%~75%の米国市民が銃規制に賛成しています。けれども、実行力のある銃規制が前に進まないのは、なぜなのか。
 
それは、上院が銃規制を認めないからです。ここでも、比較的人口の少ない地方の人たちが、米国全体の政治的判断を左右する傾向を、憲法の条文が決めてしまっているからです。
 
アメリカの広大な土地では、憲法を定めた230年以上も前はもちろんのこと、現在ですら、人口の少ない地方において、何らかの緊急事態が発生し、通報しても、警察が現場に到着するまでに数時間はかかる地域があります。そのような状況を捉えたならば、護身用の銃が必須だと考える地方の人たちがいることにも、一定の理解を示すことはできるでしょう。
 
けれども、だからといって、実行力のある銃規制をすべて反対したり、戦場で使用するマシンガンの規制をも拒むことは、許されません。一方では、人口の少ない地方における銃の在り方を考慮しつつ、他方では、大多数の銃犯罪が起きている都市部における銃規制を進めること。その双方のバランスを、真剣に模索する姿勢を示さない銃規制への一律な反対は、銃により被害にあっている人たちに誠意をもって寄り添ったならば、許されることではありません。
 
視野の広い教育に学ぶ、多種多様な人びとの中で生活する、お互いを認め合う先進的なアメリカが、世界をリードするテクノロジー等を創造している現実があります。その一方で、教育に恵まれない、偏った人びとに囲まれて生活する、似たような価値観しか認めない閉鎖的なアメリカが、世界から孤立し、米国全体の発展を阻んでいる現実もあります。両方ともに、今日におけるアメリカの現実なのです。
 
その閉鎖的なアメリカを助長する、憲法の条文。
 
それは、上院議員数における、実に68倍の「一票の格差」として表れています。そして、カリフォルニアに住む68人が銃規制に賛成しても、ワイオミングに住む1人が反対すれば、銃規制は前に進まない形として、表れているのです。
 
銃規制が進まないことにしても、トランプが287万票も少なく得票しても大統領に当選したことにしても、それらは「米国市民の総意」ではありません。むしろ、大多数の米国市民が、それら歪みの解消を切実に望んでいます。それを、比較的人口の少ない地方の人たちが、「一人一票」より遥かに大きな影響力をもって、阻むことができてしまう憲法の条文。
 
これこそが、アメリカ民主主義の大問題なのです。


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