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【うちで住みますか?】
困っている人たちを、少しでも応援したい。 普段はそう考えていても、いざ自分たちのまちにホームレス・難民の人たちなど、困窮する見知らぬ他者がやってくるとなると、どうしても「治安の悪化」が、ふと頭をよぎる。そのような心境から、多くの人たちが「自分たちのまち・近隣以外ならば賛成」と言う。 ましてや、自分が最もやすらげる自宅へ迎え入れるなど、もってのほかとなってしまう。 けれども、本当にそれで良いのでしょうか。 世界には、水道・トイレ・冷蔵庫など、基本的な住環境が整っていない人たちが大勢います。満足に食べるものも、清潔に身に着ける服も、困窮する人たちには足りていません。 虐待・暴力・貧困によって、やすらげる場所がどこにもない人たちが、余りにもたくさんいます。生まれながらにして、困難な境遇にある人たちが大勢いるという、この現実。 そして、その人たちは「世界のどこか」だけではなく、もっと身近にもいるのです。 その状況を少しでも改善するために、私たちは何ができるのか。 例えば、低所得者向け住宅の建設地として「自分たちのまち」へ迎え入れること。 けれども、外国籍であるがために入国すら許されない難民の人たちや、大人によるケアが必要な子どもたちなど。最も困窮している人たちは、迎え入れてくれる家庭がなければ、どうすることもできない場合があります。 今この瞬間にも困窮している人たちが、たくさんいることに向き合ったならば、「どこかよそでやって」ではなく、「うちで住みますか」と声を掛けられる大人でありたい。 その人たちを自宅へ迎え入れる準備があるのか、どうか。それは、自分と共に住む家族一人ひとりと話し合い、自分たちで決められる。 自宅を支援の現場にすること。 それは、見知らぬ他者であっても、様ざまな事情を抱え必要としている人たちを、自分にとって最もやすらげる空間へ迎え入れてでも、応援したい想いを表す活動。 「自分たちだけ良ければ」に囚われず、家族への優しさを、困窮している他者へも、できるだけ向けたい気持ちを込めた行動。 そうであるからこそ、自宅を支援の現場にすることは、とても大切なのです。 前回を読む:自宅を支援の現場にする(2)【よそでやって】 全シリーズ:自宅を支援の現場にする(1)~(3) [1] [2] [3] 同じテーマを読む:現場ルポ 【よそでやって】
見知らぬ他者であっても、様ざまな事情を抱え必要としている人たちを、自分にとって最もやすらげる空間へ迎え入れることは、実はとても大切なのです。 それは、アメリカにおける低所得者向け住宅の実情をみても、理解することができるでしょう。 ホームレス・難民になっている人たちが、街中の至る所にテントを張り巡らせたり、路上や車上で生活をする風景を見かける昨今。そのような状況に陥っている人たちの多くが、虐待・暴力・貧困など、生まれながらにして困難な境遇で育ち、生活や教育の基本を得る機会に恵まれなかったのです。 しかも、仕事に就いていても、所得が家賃の高騰に追いつかないこと数十年。現在のアメリカにおいて、低所得者向け住宅は7百万戸超も不足しているほど。 それでも驚くのは、寄付・ボランティア・補助金などの支援により、生活に困窮している人たちへ住まいの提供を、アメリカ史上において最もできているのも、現在なのです。 幸い、増税を受け入れてでも低所得者向け住宅を建設することに、リベラルな有権者たちであるほど投票によって賛成多数を示し、実際に複数の州や市で建設が計画されています。まだまだ足りないとはいえ、人びとの温かい気持ちと行動に、とても希望を感じます。 けれども、更なるハードルはその後もあります。 賛成多数で身を削る増税まで受け入れたものの、いざ低所得者向け住宅の建設地を絞り込む段階になると、それら候補地の近隣に住む多くの住民から「自分たちのまち・近隣の治安が悪化するのは困る」との反対意見が噴出。「どこか、よそでやってほしい」と、建設計画がとん挫してしまうことがよくある。 多くの人たちは、これを「総論賛成・各論反対」で片づけてしまうのかも知れません。 それは、世界人権宣言の「すべての人間は、生まれながらにして尊厳と権利とについて平等である」とする「総論」には大いに賛同。けれども、いざ自分たちのまちにホームレス・難民の人たちなど、困窮する見知らぬ他者がやってくるとなると「話は別だ」となってしまい、「各論」には残念ながら賛同しかねる。 そのような心境から、多くの人たちが「自分たちのまち・近隣以外ならば賛成」と言う。そう押し付け合い続けることで、予算や施工業者の準備は整っているものの、迎え入れてくれる場所が見つからず、低所得者向け住宅の建設が結果的に進まない。 次回は、この考察を「自宅へ迎え入れる大切さ」につなげてみたいと思います。 続きを読む:自宅を支援の現場にする(3)【うちで住みますか?】 前回を読む:自宅を支援の現場にする(1)【その理由】 全シリーズ:自宅を支援の現場にする(1)~(3) [1] [2] [3] 同じテーマを読む:現場ルポ 【その理由】
あらゆるボランティア・支援活動は、すべての生命にとって世界をより良くすることに沿うのならば、どれも素晴らしいものです。様ざまな事情を抱え、必要としている人たちを少しでも応援するのであれば、とても有意義な取り組みといえるでしょう。 ボランティア・支援は、寄付の提供や手紙のやり取りなど、遠方からするものもありますが、やはり一般的には現地へおもむいて、現場に入って活動することが多い。 一方で、資金・物品など寄付の提供はとても重要な役割を担っており、それらがあるからこそ暖かな支援の輪は、手の届きにくい世界の隅々へと広がります。他方、実際に現場に身を置くからこそ、目と目を見ながら、手と手を取り合うことで、心と心が通じ合う気持ちを同じ空間で共有することができる。 そして、その発想をさらに広げてみると、自宅を支援の現場にすることだってできます。 例えば、事情を抱え、実親と暮らせない子どもたちを自宅へ迎え入れ、里親・養親として子育て・生活を共にする支援。 あるいは、戦争・迫害などにより難民となっている人たちを自宅へ迎え入れ、生活を共にしながらの支援。 また、保護を必要としている動物たちを自宅へ迎え入れ、生活を共にする支援、など。 なぜ、自宅を支援の現場として開放するのか。その理由は、自宅が自分たちにとって、最もやすらげる空間だからです。 「そうだよ。自宅は自分たちが心置きなく、ゆっくりとくつろげる唯一無二の場所。だから見知らぬ他者を入れて一緒に生活するなんて、不安で落ち着けなくて、絶対にできない。」 そのようなプライベート空間へ、見知らぬ他者を迎え入れるのは、抵抗を招く発想かも知れません。また、自宅で共に生活をする家族一人ひとりの賛同を得ることは、避けては通れぬ程たいへん重要で、しかも容易なことではありません。 けれども、見知らぬ他者であっても、様ざまな事情を抱え必要としている人たち・動物たちを、自分にとって最もやすらげる空間へ迎え入れることは、実はとても大切なのです。 次回は、ここの考察をより深めたいと思います。 続きを読む:自宅を支援の現場にする(2)【よそでやって】 全シリーズ:自宅を支援の現場にする(1)~(3) [1] [2] [3] 同じテーマを読む:現場ルポ 【ジョブコーチ】
失業、そして、ホームレス。人生どん底の体験、まさにその真っ只中にあることが多い、就職支援プログラムの参加者たち。 彼ら/彼女らの気持ちに寄り添う努力を、常に怠らないように心掛けてはいる。それでも、実際に自分自身が経験したわけではない苦しみが、そこには現実として、目の前にあります。その意味において、自分は想像により、寄り添うことしかできない。 そのような中で、シェルター職員との共同作業であることが、とても助けになります。なぜなら、就職支援プログラムを共に実施しているシェルター職員は、その多くが元ホームレスの人たちだからです。 経緯も様々で、本来であれば希望に満ちた子どもの頃に、親がホームレスになってしまい、家族で路上生活をしていた人。高校を中退して、機能不全な家族のもとを離れ、頼れる大人がいないまま、ホームレスになってしまった人。身体的や精神的な病を抱え、仕事を続けることが出来ず、路上生活になってしまった人。多くのシェルター職員は、そのような状況から脱することを体現した、まさに成功例でもあります。 それでも、ホームレスになったことのある人たちの多くは、今でも、その当時のことを、一日足りとも忘れることはないと言います。特に、遊び盛りの幼少期に、あるいは多感な思春期に、理不尽にもホームレスになってしまった人たちは、その悔しさが胸に突き刺さったまま、毎日を生きていると言います。 その人たちは体験者として、参加者たちの気持ちが、より鮮烈に分かるのではないでしょうか。体験者の視点は、いかなる現場であろうとも、なければならない。ホームレスになっている人たちの心に寄り添う努力をするうえでも、とても大切です。 難しいことは多々ある。繰り返し否定され続けて、それでもなお、ポジティブであり続けることは本当に難しい。けれども、そこでネガティブになっても、何ら自分のヘルプにはならない。そうであるのならば、自分をヘルプするためにも、ポジティブでいよう。 終始、まったくやる気のない参加者たちも中にはいます。きっと、その人たちには、それなりの理由や事情があるのでしょう。けれども、面接指導を進める過程において、殆どの人たちの表情は、少しづつ明るくなってきます。そして「この歳になるまで、誰からも、面接について教わることがなかった」と、感謝の言葉を述べる人たちもいます。前を向いて歩んでいけるのではないかと、そう希望を感じる瞬間です。 就職支援プログラムを通じて、毎月、20名から40名ほどの参加者たちが、職を得て、新たな人生の道を歩み始めます。そこから、その職に定着し、そして、独立した住居へと進んでゆくのです。 世間では、「ホームレス問題は、大きな社会問題だ」と言われることがありますが、「ホームレスの人たち」が問題というよりは、「ホームレスを量産してしまい、その人たちへのヘルプが足りない私たちの社会」に、問題があるのではないでしょうか。 それは、多くの場合、生まれながらにして、乗り越え難いほどの「機会の格差」が存在していることを知っていながらも、自分自身の生活はそこそこ安定しているので、恵まれない境遇にある人たちから、もっともらしい理由をつけては眼を背けてしまうこと。見て見ぬふりをしてしまうことに、問題があるのではないでしょうか。 確かに、社会的強者になびいたり、そこそこ安定した生活を送れている人たちだけを中心とした社会を続けるのは、とても楽です。周りと波風が立たず、実に心地良い。けれども、それをそのまま維持することを受け入れると、その反対側で、苦しくつらい想いをしている人たちは、社会に声をあまり聞いてもらえない人たちは、忘れ去られ、取り残されたままになってしまいます。 今、ここにある現実と向き合い、それが良くない現実であるのなら、それを変えてゆく勇気と行動を起こすこと。たとえ、自分自身がその被害にあってはいなくとも。 微力ながらも、私たち一人ひとりの行動が、その現実を変えてゆくことができるのです。 前回を読む:支援の現場より(3)【面接指導】 全シリーズ:支援の現場より(1)~(4) [1] [2] [3] [4] 同じテーマを読む:現場ルポ 【面接指導】
充実した履歴書で採用面接まで進み、そして誠実な面接対応で職を得る。この流れに沿って、就職支援プログラムのふたつ目の内容は、面接指導にしています。 面接指導は、当日の参加者全員を対象に、クラス形式で行います。少ない日で5名ほど、多い日で20名ほど。採用担当者に、より良い印象を与えるには、どうすれば効果的なのか。面接対策の基本である身だしなみや作法から、具体的な心構えや質疑応答まで、約1時間半程かけて講義をします。 ポジティブに、自信をもって、採用担当者の眼を見て、はっきりと受け答えをすること。採用面接で定番の質問トップ10を用いて、ひとつの質問に対して30秒ほどで、自分が伝えたいことを効果的に伝える回答を準備すること。それらの回答は、その仕事に対する自分の熱意を示す内容にすること。そして、それを面接本番で充分に発揮できるよう、準備と練習の大切さを知ること。 講義は一方通行ではなく、参加者からの質問やコメントを促し、いつでも手を上げて発言ができるように、双方通行を心掛けます。また、参加者同士、お互いの意見からも学び合えることが多いことを伝え、それを促すため、こちらから質問を投げかけたりもする。 初めて顔を合わせる、多種多様な背景の人たちが集まるため、雑多な意見が飛び交って、講義の進行が難航することもある。そのような時は、ある程度の意見交換ができた段階で、「職を得て、住居を得る」という共通の目標を見失わないように、グイッと全員の注意を引き戻します。 講義を担当するうえで、そしてホームレスになっている人たちと接するうえで、必ず心掛けていることがあります。それは、彼ら/彼女らの気持ちに寄り添う努力をすること。 人は、失業しただけでも、とても苦しい。自信も、打ち砕かれがちだ。ましてや、家や家族までも失った人たちは、人生どん底の体験、まさにその真っ只中にあることが多い。 「どうせ、いくら頑張っても駄目だ」と言う人たちにも、彼ら/彼女らの心の痛みに寄り添って、前を向けるよう、ポジティブに励ます。「今まで色々あったけれど、これからのことは、今からでも変えることができる」と、働きかける。 そのような中で、忘れずに伝えようとしているのは、「面接」というシステム自体が、とても不完全なシステムであるということ。数百人の採用面接をしてきた経緯を踏まえて、そう思うのです。 考えてみれば、ある意味当然のことでしょう。例えば、結婚数十年のおしどり夫婦であっても、未だに相手の分からない部分はある。その物差しで推し量ってみたならば、わずか30分足らずの会話で、初めて会ったその人の、本当の人となりが分かる筈など到底あり得ません。 「面接」は、今あるなかではベストなシステムなので用いているものの、とても不完全です。そのことからも、仮に面接で不採用となったとしても、それは何ら個人的に恥じることではない。 私自身も含めて、面接を受けたことのあるほぼ全ての人が、不採用になった経験があるでしょう。けれども、それをもってして、自分自身の本当の人間性が否定された訳ではありません。たまたまその時は、自分よりも他の人の方がその職により適していると、その採用担当者に判断されたに過ぎない。 そう考えてみたならば、不採用から学ぶべきことは、面接対策において、より一層の努力が求められているということでしょう。 続きを読む:支援の現場より(4)【ジョブコーチ】 前回を読む:支援の現場より(2)【就職支援】 全シリーズ:支援の現場より(1)~(4) [1] [2] [3] [4] 同じテーマを読む:現場ルポ 【就職支援】
就職支援プログラムは毎週の実施で、その内容は大きく分けてふたつ。 ひとつ目は、履歴書の作成。とはいっても、単なる事務的な書類の作成は、目指すところではありません。むしろ、一人ひとりの参加者と向き合い、職歴や学歴をじっくりと聞くことを大切にしています。参加者の人数が多い日は難しいこともありますが、なるべく、そう心掛けています。 どのような仕事をしていたのか。その仕事は好きだったのか。なぜ、辞めることになったのか。前職から得たスキル・技術・免許は、次に活かせそうか。遠く離れた所から移住してきた人たちには、なぜ、はるばるここまで来たのか。今後は、どのような仕事に興味があるのか、など。 「会社が倒産して、無職になってしまった。無断欠勤を続けてしまい、ある日いよいよクビになった。トラックの運転免許を持っているので、それを活かしたい。50代まで大工をしていたが、仕事中にハシゴから転落して背骨を骨折、下半身麻痺で車イス生活になってしまった。」 「子どもをチャイルドケアに預けられるようになったので、仕事を再開したい。離婚を機に、また働きたい。10代で妊娠して、高校を中退してから、5人の子どもを育てる日々に追われた。精神疾患を患っており、突然パニック発作を起こして、仕事が続けられなくなる。」 「夫からの暴力に耐えられず、子どもたちは自分の親に預けて、着の身着のまま逃げてきた。だから早く仕事を見つけて、すぐにでも子どもたちを呼び寄せたい。子どもが重い障害を抱えており、より良い治療を無償で受けることができる病院にかかるため、遠方の地元を離れ、一家でこちらに移り住んだ。けれども、慣れない土地では思ったようには仕事が見つからず、とうとうホームレスになってしまった。」 「会社の上司を殴って、クビになった。逮捕されて、刑務所に入っていた。薬物中毒になって、人生が破滅した」、など。 なかには、トップ水準の成績でロースクールを卒業後、弁護士事務所で活躍。資金を貯めて個人で開業までしたのに、離婚をきっかけに麻薬に溺れ、子どもふたりを抱えて、路上生活になってしまった人も。「仕事や勉強はできるんだけど、人生の選択が上手くできない」と、本人が嘆いていたのがとても悲しく、印象に残っています。 そして、多くの人たちから聞かれるのが、親との確執です。 「親が離婚して、ひとり親家庭に育ち、結果的にネグレクトだった。両親の仲が悪く、会話もなく、機能不全家庭に育った。親の暴力で、幼少期が耐えられなかった。親が薬物中毒で、家庭がむちゃくちゃだった。そのような親に、今でも振り回されっぱなしだ」、など。 履歴書の作成という、かなり地味な作業。けれども、様々な生き方をしている人たちの人生に、少しばかり触れることができます。職歴や学歴というレンズを通して、一人ひとりの生きざまを垣間見ることができます。 この同じ世界に暮らす人たちの、それぞれの人生。各々の過去や、その時々の想いを背負って、今ここに生きている人たち。多種多様な背景の人たちですが、ひとつ共通することがあるとするならば、「人間としての尊厳をもって、接してもらいたい」とする、誰しもが持つ、基本的な要求ではないでしょうか。 それは、本当に当たり前の要求。それに応えるには、ひとりの人間に対して、同じ人間として、誠実に接すること。とてもシンプルに捉えたならば、ただ、それだけかも知れません。 相手の眼を見て、自己紹介をしてから、相手の名前を聞き、しっかりと握手をする。それから、相手の言葉に一生懸命に耳を傾け、「何もできないかも知れないけど、あなたがヘルプを必要とするのならば、自分はその為にここにいる」という気持ちを、自らの姿勢をもって伝えようとする。 最初はつれない態度を示す人たちも多いですが、そうしてゆく内に、殆どの人たちの表情はやわらいできます。そして、心に抱える想いを少しづつ語り始めることが、よくあるのです。 続きを読む:支援の現場より(3)【面接指導】 前回を読む:支援の現場より(1)【米国 ホームレス】 全シリーズ:支援の現場より(1)~(4) [1] [2] [3] [4] 同じテーマを読む:現場ルポ 【米国 ホームレス】
ホームレスになっている人たちは、世界中で約1億5千万人。また、家があるとはいっても、水道・排水・電気設備が整っていない住居に暮らす人々を含めると、推定16億人とも言われます。私たちと共に、この世界に生きる人々のうち、2割以上が厳しい住環境で生活をしているという現実。 私たちは日々、一言で「ホームレス」と表してはいるけれども、もちろん、実際には多様な人たちがいます。 公園や路上で野宿生活をする、路上生活の人たち。シェルターなど、支援施設で生活をする人たち。ドメスティックバイオレンスなど、何らかの切迫した事情を抱え、自宅を離れざるを得なくなった人たち。知的障害があるものの、生活を支えてくれる家族がいない人たち。車の中で、寝泊りをする人たち。定まった住居を持たず、親族・友人宅を転々とする人たち、など。 アメリカにおいて、ホームレスになっている人たちは約55万人。その人たちを少しでもケアしようと、約1万カ所の「シェルター」と呼ばれる施設が、主にNPO団体や地方自治体により、運営されています。シェルターでは食事を提供し、宿泊やシャワーなどの設備を整えて、生活・就職における自立への支援もしている。 そのひとつのシェルターで、毎週、就職支援のボランティアをしています。 就職支援プログラムの当日は、朝9時に参加者たちが、シェルターの専用施設に集まって来ます。州のいたる所で様々な活動をする、シェルター・他のNPO団体・地方自治体の職員やボランティアが、予め一人ひとりに事前声掛けをしており、プログラムの当日に、参加者たちは各々の想いを胸に、集まるのです。 それなので、実際には集まってみて初めて、当日の参加者が分かります。来ないだろうと思っていた人が現れたり。来ると思っていた人が現れなかったり。人づてに聞いて、参加を決めたり。少ない日で5名ほど、多い日で20名ほどでしょうか。 その参加者たちは、シェルターで生活をする人たちだけではなく、路上生活や車上生活、親族・友人宅から来る人たちまで、実にさまざま。その中には、仕事に就いてはいるものの、給料が低すぎて家賃を払えず、ホームレスになっている人たちもいます。 また、住居はあるが、仕事を失ってからは家賃を滞納しており、新しい仕事が見つからなければ、今月末にでも強制退去になってしまう。そのような、ホームレス寸前の人たちも参加します。 参加者たちの前職は、とても色鮮やかです。 「建設現場で重労働をしていた。マクドナルドでバーガーを作っていた。20年以上も警備員一筋だった。スーパーの店員だった。ショッピングモールのトイレ清掃をしていた。幼稚園の先生は楽しかった。警察官だった。心理学の博士号を取得している。レストランで皿洗いをしていた。レストラン経営者だった。アラスカを往来する漁船の漁師だった。13年間ピザ職人をしていたが、もうイヤだ。」 「借金の取り立てをしていた。商業用倉庫でコンテナの移動作業をしていた。障害を抱えた17歳の少年と50代の女性のケアテーカーだった。ホテルのルーム清掃をしていた。バーテンダーしかしたことがない。港で船の修理作業をしていた。農業が好きでやっているが、それでは家賃が払えない。美容室を経営していた。パン職人に戻りたい。地元の公務員だった。仕事が続かず、週単位で仕事を転々としている」、など。 また、アメリカということもあり、あらゆる人種・民族の人たちが集まります。白人系、黒人系、アジア系、ポリネシア系、ユダヤ系、など。年齢層も10代から70代まで。男性・女性・LGBTQ。車イスの人たちや、障害を抱える人たち。精神疾患を患い、薬を処方されている人たちも参加します。 また、外国やミクロネシア出身など、英語が第一言語ではない人たちも参加します。会話が難しい人たちとの間であっても、ゆっくりと、根気よく聞いて、話をしていると、なんとか分かり合える気がしてくるのが、実に不思議なのです。 続きを読む:支援の現場より(2)【就職支援】 全シリーズ:支援の現場より(1)~(4) [1] [2] [3] [4] 同じテーマを読む:現場ルポ |
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