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人生のあらゆる事柄について、自分の頭でしっかりと考えることは、充実して生きてゆくうえで欠かせないでしょう。
「なぜそうなったのか」の分析や、「なぜそうしたのか」、「どのように考えたのか」、そして「どうしてそう考えたのか」などを、ロジカルに、順序だてて掘り下げること。 けれども、そのようにして一度ある結論にたどり着いたら、その事柄についてもう二度と考える必要はないのでしょうか。 もちろん、そんなことはありません。それだと、自分は成長しないということになってしまいます。 自分自身が成長する人間であるのなら、例えば1年・3年・5年前に結論を出したある事柄について、もう一度深く考えてみると、違った結論にたどり着くこともある。それは、今まで見えなかった景色が、成長とともに見えるようになることがあるからです。 「過去の自分」が考えぬいて、ある結論にたどり着いた事柄であっても、その結論が「現在の自分」からみて本当に妥当なのか。その事柄が、再度呼び起こされる場面に出会う度に、いま一度、考えを深めてみる。 人生は、そのように「考えを深める」チャンスの連続です。そして「考えを深め続ける」ことは、成功の秘訣や失敗の理由を学ぶうえで、さらには成長し続けるために、とても大切です。 「けど、それって考え過ぎにならないの?」と、ふと疑問に思う人もいるでしょう。 そこで、「考え過ぎ」とは何なのかについても、考えてみる。 例えば、ポジティブな方向性に向けて考えを深めることはとても大切なので、その考えに基づく行動を起こしていれば「考え過ぎ」とは言えません。ここでいう「ポジティブな方向性」とは、「すべての生命にとって世界をより良くする方向性」のことです。 けれども、例えポジティブな方向性であっても、その考えに基づく行動が起こせない、あるいは、足がすくんで身動きが取れない場合などは、「考え過ぎ」と言えるでしょう。それは、せっかくポジティブな方向性に向けて考えられているのに、頭の中だけでの思考に留まり、それを行動に移せず、あと一歩のところでもったいない状態にあるからです。 そのような時は、その時点においてベストだと思う考えに基づき、先ずは一歩前へ足を踏み出してみる。行動を起こすと、そこから、また違った景色が広がります。 他方で、ネガティブな方向性に向けて考え続けることは、まさに「考え過ぎ」なので、今すぐにでもやめた方がいい。なぜなら、その考えをこれ以上続けてみても「すべての生命にとって世界をより良くする方向性」ではないので、とてもシンプルに、自分にとっても他者にとっても不毛だからです。 過去にも、せっかく優れた洞察力に恵まれた人たちが「考え過ぎ」に囚われてしまい、最悪の場合、不幸にも自らの命を絶たざるを得ないと、それ以外の道がないと思い込んでしまう。その結果、そもそも世界をより良くしたいがための思考だったはずなのに、それを永遠に行動に移せなくしてしまった無念な実例は、悔やみきれないほど数多く、悲しくも本末転倒です。 また、今も昔も世の中で散見されるのは、例えポジティブな方向性の考えを持つ人がいても、とにかく現状維持を保ちたい他の人たちが「それは考え過ぎだよ!」という言葉を用いて、そのポジティブな考えに基づいた行動・変化を止めようとすること。これは言葉の悪用といえるでしょう。 人は、何歳であっても、また、何歳になろうとも、みんな成長しなければならない。それこそ、子どもから老人まで、皆です。すべての生命のより良い明日を、共に築いてゆくために、成長し続けなければならない。これは世界の平和のため、私たち一人ひとりの責任です。 そうであるならば、ポジティブな方向性に向けて「考えを深め続ける」ことはとても大切です。そして、それを行動に移してゆけば、「考え過ぎ」に陥ることはありません。 同じテーマを読む:ある視点 Comments are closed.
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