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【愛情はモノではありません】
人生の終わりのための活動。人生の最期に向けて行う活動。 それが「終活」です。 例えば、今後の医療方針を決めておいたり、葬儀について書き留めておいたり。また、身の回りの物品・書類を整理したり、相続について遺言を残しておいたり、など。 多くの場合、数十年にも渡り築き上げたすべての整理ですので、自分自身の総決算とでもいいましょうか。「遺された家族の負担を減らすため」という思いやりから、思慮深く、愛情深い人ほど、時間と労力を掛けるのかも知れません。 一方で、人生の残された時間をそれらに費やしてしまうのは、少し残念な気がするのも事実でしょう。 なぜなら、物品・書類の整理は、ほぼ自分ひとりでする作業だから。残された貴重な時間の多くを、ひとり作業に費やすのは、何だかもったいない。 物品・書類を整理しておいてもらえることは、遺された家族にとってはたいへん助かるので、是非やっておきたい。しかし、くれぐれも見失わないようにしたいのは、物品・書類は愛情ではないということ。それらは、あくまでもモノです。 もちろん「大切な人との思い出」がたくさん詰まっているモノもあります。例えば、大切な人が長年愛用していた衣類や道具など。あるいは、一緒に撮った写真も「大切な人との思い出」がぎっしり詰まっている。それらはモノには違いないのでしょうが、かけがえのないモノです。 それでも、その「大切な人との思い出」自体に優るモノなどありません。 そして、財産・お金も愛情ではありません。 これまでの人類の歴史において、古今東西、多くの文化において、財産・お金を家族に残すことが主流となっているのは事実でしょう。「財産を子に残すことは、美徳だ」という人もいれば、「相続は愛情だ」とすら呼ばれることもある。 けれども、本当のところは、相続をしても、あるいはしなくても、愛情に満ちて幸せになるかどうかは、まったく別の話です。 なぜなら、愛情はお金ではないからです。 続きを読む:終活(2)【愛情はお金でもありません】 全シリーズ:終活(1)~(3) [1] [2] [3] 同じテーマを読む:家族 Comments are closed.
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