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【愛情はお金でもありません】
本当のところは、相続をしても、あるいはしなくても、愛情に満ちて幸せになるかどうかは、まったく別の話です。 なぜなら、愛情はお金ではないからです。 「でも、病気とか事故とか、人生は何があるかわからない。そういう時こそ、お金はあって困るものではないから。」 「遺された家族への優しさ」からくる考えなのは、間違いないでしょう。 けれども、それはまるで相続を、保険の勧誘のごとく勧めるようなもの。 今、私たちが生きるこの世界において、人口の約80%を占める65億人もの人びとが、月9万円未満(US$ 600)での生活をしいられている。そのうち7億人超の人びとが、月9千円未満(US$ 65)での生活に苦しんでいる。 それは、自分がこの世から去った後、家族に「万が一起こってしまったら」と、危惧している状況そのもの。 けれども、その「何があるかわからない」が、現実として「もう既に起こっている」人たちが、世界にはこれ程たくさんいるというのに。いわゆる「万が一」の状況に陥っている人たちが、そして生まれながらにその境遇にある人たちが、今この瞬間においても実際に大勢いるというのに。 家族への優しさを、困窮している他者へは向けられないことが、主流となっている世の中です。 「家族が一番大切だから」という美徳。「家族を守っているだけ」という責任感。それらが、ややもすれば「他者を切り捨てる」ことだと、歪んだ解釈がはびこる世の中です。 そして、その延長線上に、「自国を守っているだけ」と言いながら「他国の人びとを切り捨てる」国益や戦争の理論が、成り立ってしまうのです。 その根底にあるのは「愛情」という名のもとに、世代をまたいで、家族だけを優先し続けてしまうこと。 この世から去った後ですら、恵まれない境遇にある人たちに向き合わず、自分の家族さえ良ければいいという「自己中心的な愛情」に固執することが、私たちにとって本当に大切な終活なのでしょうか。 続きを読む:終活(3)【愛情は心です】 前回を読む:終活(1)【愛情はモノではありません】 全シリーズ:終活(1)~(3) [1] [2] [3] 同じテーマを読む:家族 Comments are closed.
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