|
平気な顔をして、嘘をつく。その嘘がバレても、口裏合わせや、新たな嘘の上塗りで、ごまかそうとする。またある時は、ごう慢な態度で道理に反することをする。その言動がバレないように、事実を隠ぺいしたり、文書を改ざんしたりする。そして、例えその言動がバレたとしても、違法とさえ認定されなければ、問題がないと言い張る。
このような勘違いをしている人たちが、増えてはいないでしょうか。 これら社会の風潮には、このような言動をしては圧力と脅しで押し通そうとする、トランプ政権や安倍政権の影響も、少なからずあるのではないでしょうか。アメリカや日本のみならず、世界中で見られる「自己中心的ポピュリズム」には、似たような「自分ファースト」な姿勢が見受けられます。 その背景には、人びとがモラルにあまり目を向けて来なかった、私たちが形成する社会の歪みがあるのではないでしょうか。 良い教育を受けて、できるだけ良い大学へ進むと、将来の就職や生活が安定する。これを目指した教育制度は、いつしか、知識ばかりを評価し、モラルをないがしろにするようになったと思われます。そして、その「良い」教育や「良い」大学は、モラルの観点を見失いつつあります。日本や韓国に代表される、知識の詰め込みを最も評価する大学受験システムは、まさにその象徴でしょう。 2008年のリーマン・ショックにおいて、大きく取り沙汰されたサブプライム・ローン問題。近い将来、払いきれるはずのないローンを、まともな審査もせずに顧客に勧めて、そのリスクは他者に負わせる仕組み。その中心には、モラルを見失った飽くなき利益追求で、コントロール不能になった米国発の金融システムがありました。 全米トップ水準の大学や経営大学院を、さらにトップ水準で卒業した、いわゆる「有能」と呼ばれる人たちの多くが、こぞって就職を目指したウォール街の投資銀行やヘッジ・ファンド。その金融業界において、モラルが見失われたこと。これは、アメリカの教育機関において、モラルがおろそかにされてきたツケであると、厳しく指摘されています。知識の詰め込みではなく、人間性のバランスを重んじるアメリカの教育現場にとって、薄々気が付いていたとはいえ、それでも大きなショックでした。 「良い教育」とは何か。 それは、モラル・倫理(Ethics)・思いやり(Empathy)を心で感じて頭で考えることを、積極的に取り入れる教育。そして、それらを評価する社会の形成を、多面的に促す教育。いま教育現場では、このような方向に目を向け始めています。 モラルなき知識人と、知識なきモラリスト。 これら両極のどちらかを選べというならば、躊躇なく、モラリストを選びたい。 それは、モラルさえあれば、例え知識がなくとも、より平和な世界をもたらすことが出来るからです。知識があっても、モラルがなければ、平和な世界は遠のきます。場合によっては、戦争で取り返しのつかないほど、世界中の幸せが破壊される危険性さえあります。 核兵器を使うことはもちろん、持つことも、配備することも禁止した「核兵器禁止条約」は、国連加盟国の6割を超える122カ国の賛成で、2017年に採択されました。人類歴史上唯一の被爆国である日本が、この条約の交渉会議にすら参加しないこと。同じく不参加を表明した、アメリカを含む、核兵器を保有する国々。ともに、モラルの欠如により、平和な世界が遠のいていると言えるでしょう。 モラルがあれば、それを失うことなく、知識を学べば良いのです。そして知識人たちも、謙虚な姿勢をもって、モラルを学べば良いのです。 知識にばかり目を向けないで、モラルにこそ、目を向けることが大切ではないでしょうか。 同じテーマを読む:倫理観 Comments are closed.
|
ENG/JPN Posted Alternately
日本語/英語を交互に掲載 Author プロフィール
JOE KIM Theme テーマ
All
Visits アクセス15,384 (as of 4/1/2026) |
© COPYRIGHT ALL RIGHTS RESERVED.
RSS Feed