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【悩む女性】
私たちの文化に深く根付いた風潮が、男性のみならず、多くの女性ですらそう思い込んでしまうほど、「女性はこうあるべきだ」とする社会通念を醸成する。 けれども、そのような社会で快適に生きる女性たちもいます。 「ちやほやされたり、荷物を持ってもらったり、おごってもらったり。正直、私は女性だから得してる。自分はガツガツ勉強したいわけでもないし、バリバリ働きたいわけでもない。男性陣とは仲が良いほうなので、自分にとっては快適だ」。 そう、「女性はこうあるべきだ」とする社会通念に、肌が合う女性たちとも言えるでしょう。 それに沿うよう「強要される」とは余り感じず、むしろ自然と思えるほど身についているので、周りから可愛がられることが多い。なので、居心地が良い。 もちろん、その女性たちからしてみても、今の社会に何の問題もない訳ではありません。けれども「ちやほやされて得するなら、私は社会で活躍しなくてもいい」という女性たちもいるのです。 そして、今度はその女性たちが、別の悩みを打ち明けます。 「自分には今の社会が快適。そんな私はダメなのでしょうか。」 特に「男女同権の足を引っ張ってる存在だ」と、そう思われている気がするような厳しい視線に、たじろいでしまうのだそうです。 そこで、この悩みに解答するのなら、「ちっともダメではありません」でしょう。むしろ、肌に合う場所を見つけられるのは幸せなこと。そこに問題はありません。 より問題として重要なのは、そうではない女性たちも快適に生きれる社会を目指し、みんなでその実現をサポートすること。 「みんなで」とは、もちろん「今の社会を快適と感じる女性たち」も含めてです。「自分は快適なので、何も変えたくない」ではいけません。 「容姿で評価されるんじゃなくて、実力で評価されたい。会社で男性と遜色のない、活躍の場がほしい。学校でもっと勉強したい。理数系だろうが、工学系だろうが、男性と同じような機会がほしい。」 こう願う女性たちにとっても、肌に合う、生きやすい社会にすることが、とても大切です。 「ちやほやされて得するなら、私は社会で活躍しなくてもいい」という女性にも。「女性が男性と同じように、活躍しやすい社会であってほしい」と願う女性にとっても。 大切なのは、どちらの人にも、そして多様な女性たちにとって、性別に関係なく、生きやすい社会をみんなで目指すこと。 「どっちか」ではなく、「どちらも」が大切です。 続きを読む:男女同権・平等の真実(4)【一人ひとりを大切に】 前回を読む:男女同権・平等の真実(2)【セコい男性】 全シリーズ:男女同権・平等の真実(1)~(6) [1] [2] [3] [4] [5] [6] 同じテーマを読む:多様性/インクルーシブ Comments are closed.
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