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【親による、子の支配】
「将来の不安を抱えることなく、彼が遊んで暮らせるのは、親の財産があるから。」 「親の財産があるので、彼女は生計を立てる心配をする必要がない。」 「お金持ちに比べると微々たるものだが、それでも親の財産は家計の足しにはなるので、もらえるものはもらっておきたい。」 これらのような話を、耳にすることがあります。「財産を子に残すことは、美徳だ」という人もいます。「相続は愛情だ」とすら呼ばれることもあります。 しかし、本当にそうなのでしょうか。 もしも相続が愛情ならば、子に残す財産を多く持っている人ほど、より愛情豊かなのでしょうか。しかし、子に関心を示さない、愛情の希薄な富豪が、たんまりと遺産を子に残した例は、枚挙にいとまがありません。また、財産を持っているが故に、不幸な人生を送ってしまった人たちは、きりがない程たくさんいます。 もしも相続が愛情ならば、親から遺産を多くもらった人ほど、より愛情に満ち溢れているのでしょうか。しかし、遺産をもらったことにより、周りとの争いや自分自身との葛藤の末、不幸になってしまった人たちはたくさんいます。 もしも相続が愛情ならば、子に残す財産を持っていない人は、愛情が希薄なのでしょうか。しかし、残せるような財産はほとんど無いけど、愛情はたっぷりそそいでくれる人たちもたくさんいます。そのような人たちのもとで育ったことにより、幸せになる人たちも大勢います。 相続をしても、あるいはしなくても、愛情に満ちて幸せになるかどうかは、別の話です。 そこで、考えさせられます。 本当のところ、相続とは「自己中心的な愛情」ではないでしょうか。 「親が子を育てたうえに財産をも残すのだから、親の言うことに、子は従うべきだ。」 意識的かどうかは別にして、このような考えを反映した言動をとる親は、結構いるのではないでしょうか。その結果、子は人間としての尊厳を傷つけられ、自分自身の人生を「生きづらい」とすら感じるまでになることもあります。 親の望む通りにしなければ、財産をちらつかせて、子をコントロールする。子は、親と仲良くしたい気持ちを、本能的な特性とすら思えるレベルで持っています。しかし、同時に「財産をもらいたい自分」に対する自らの後ろめたさや、もう一方で抱える「当然の権利」意識も複雑に重なり、親の支配に耐え、そして感情を飲み込み続けてしまうこともあるでしょう。 また、親による子の支配には、親の責任を果たせなくとも、子に財産を残すことによって免罪符が与えられると勘違いする、あまりにも都合の良い親の甘えも含まれることがあります。 共に過ごした楽しみや悲しみといった、心の通った思い出をたくさん残す。その子自身をしっかりと見つめ、その子に合った育て方を正直に真剣に模索し、目一杯の愛情と時間をそそぐ。意図的かどうかは別にして、そのような親の責任を果たせない場合のことです。また、どれほど真っ当な親であっても、あるいは真っ当であればある程「親として、失敗したことはたくさんある」と反省するのかも知れません。 「親としての不甲斐なさを、お金で帳消しにできる。あるいは『立派な親』という称号を、お金で買える。」 これらのような親の「自己中心的な愛情」が見られる場合は、それは相続と一体となり、次世代へ引き継がれてゆく傾向があります。親に支配されて育った子は、自らが親になった時に、かつての自分がされたのと同じように、自分の子を支配してしまう傾向にあることが、虐待に関するあらゆる研究結果において報告されているのです。 続きを読む:相続をしない理由(2)【自律・自立の妨げ】 全シリーズ:相続をしない理由(1)~(7) [1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] 同じテーマを読む:相続 Comments are closed.
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