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#6: 「自分ファースト = あなたの犠牲」という数式

3/15/2017

 
最近、よく耳にするのが「〇〇ファースト」という考えです。
 
トランプ政権が「アメリカ・ファースト」と宣言しているのは、自国優先を主張しているものです。イギリスがヨーロッパ連合(EU)からの離脱を決めた国民投票も、国家主権をEUから自国へ取り戻すことを主張したものであり、「イギリス・ファースト」と言えるでしょう。
 
「〇〇ファースト」で優先されるのは国に留まりません。
 
例えば東京都知事の小池百合子は「都民ファースト」と言って、東京都民優先を主張しています。
 
この「〇〇ファースト」という考えが、新たな時代の潮流だと思われている節もあります。
 
けれども、この考えは、昔からある排他的な思想と、根本的には同じものではないでしょうか。
 
古代エジプトでは紀元前3000年頃から、古代ギリシャでは紀元前900年頃から、古代ローマでは紀元前500年頃から、植民地支配があったとされています。植民地支配という発想は、「優先される国」が「下位の国」を乗っ取り支配するということであり、「自国ファースト」の主張と一致します。
 
日本の戦国時代(15世紀から16世紀)において、戦国大名により治められていた数々の「国」も、「自国ファースト」を主張し、戦争を繰り返していました。
 
16世紀に始まったヨーロッパ各国による植民地支配、19世紀に始まったアメリカや日本による植民地支配も、「自国ファースト」と言えます。
 
また、同じように古代から世界各地でみられた奴隷制度も、「自国民ファースト」を際限なく主張したことにより、生まれながらに永続的かつ暴力的に「奴隷という名の人間」が支配されてきました。
 
ナチスドイツのヒットラーも「アーリア人・ファースト」を掲げて、ユダヤ人大量虐殺を実行し、侵略戦争を繰り広げました。
 
こういった、過去の植民地支配、戦争、奴隷制度は、人間の尊厳を痛めつけ、暴力と恐怖で支配することであり、より多く殺した大量殺人者が、より優先されるという世界です。そこには、「優先されし者」という栄光の裏に、無実の人々の基本的人権侵害を当然のものとした、血生臭い残忍さがあるのです。
 
「そもそも、自国や自国民を優先して何がいけないのですか」という人もいるでしょう。
 
それは、その主張の裏側に、「たとえ他国や他国民が犠牲となっても」という考えが付いてまわるからいけないのです。前述したすべての事例は、他者の踏みにじられた悲痛な犠牲のうえに、「自分優先」が成り立っていることを忘れてはいけません。
 
「そうかもしれない。ただ、自国の人を優先するのは、どの国もみんなしていることだから」と言う人もいるでしょう。
 
しかし、仮にみんながそうしているとしても、それがいけないことであれば、自分もそうしていいことにはなりません。
 
 テロリスト集団のISISも「過激派思想・ファースト」のために、同調しない者を惨殺することを主張しているのです。だからといって、ならば自分たちも同じようなことをしていいと皆がなってしまえば、殺し合いの世界になってしまいます。
 
トランプ政権も「アメリカ・ファースト」のために、メキシコとの国境に壁を建て、その費用をメキシコに払わせるとか、米国経済活性化のために、他国経済を犠牲にするような関税や制裁をすることを主張しているのです。だからといって、ならば自分たちも同じようなことをしていいと皆がなってしまえば、世界的な関税・制裁合戦になってしまい、世界中の人が今まで買ってきた同じものを、今まで払ってきたより高い価格で、今後は買うしかなくなってしまいます。
 
また、イスラム諸国など6カ国から(第一回目の大統領令が連邦裁判所から差し止められたので、第2回目はイラクを除いた6カ国となった。ちなみにこの第2回目も、連邦裁判所から本日付けで差し止められた)、アメリカへの入国を禁じたトランプ政権による大統領令も、「アメリカの安全・ファースト」のために、救済を必要とする何の罪もないこの6カ国の多くの人々や、他の国や宗教の人と同じように、世界中を安心して移動したいと願っている人々を、犠牲にすることを主張しているのです。だからといって、ならば自分たちも同じようなことをしていいと皆がなってしまえば、世界中の人の移動がより危険になったり、できなくなったり、仮に自国で紛争が起こったとしても、救済されなくなったりしてしまいます。
 
世界中の人が、「自分さえ良ければ、他者が犠牲になってもいいんだ」と主張しあったら、世の中は平和になるのでしょうか。むしろ、残酷なまでに醜い世界になるのではないでしょうか。そして、世界という単位でそうあるように、それより小さな単位である国や州や県や地域などでも同じことが言えるでしょう。
 
この「自分さえ良ければ」という主張が、あらゆる問題の発端なのではないでしょうか。
 
「モラルを高める」というのは、この「自分さえ良ければ」という主張をどれだけ無くしていけるのかということではないでしょうか。それには、「自分さえ良ければ、他者が犠牲になってもいい」という主張を、絶対に許容してはならない強い意志が求められるのです。
 
奴隷制度は1948年に、植民地支配は1960年に、それぞれ国連総会にて、基本的人権の保障と世界平和のため廃絶することを可決しました。世界のモラルが大きく前進した瞬間です。
 
今の時代にも、「自分ファースト = あなたの犠牲」 というこの数式に対して、モラルの更なる前進をもって、立ち向かいたいのです。
 
一人ひとりの個人が「自分ファースト」ではなく、「お先にどうぞ」の精神でゆずりあえれば、私たち全員の暮らすこの広い社会は、より明るくなるのではないでしょうか。

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    JOE KIM
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    34歳でビジネスから引退。現在は、インクルーシブな支援活動家。
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