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【祝福できない親って】
「親だって人間だ。好き嫌いもあるし、子の結婚に反対する権利だってある!」世の中の多くの親が、このように主張するのかも知れません。 確かに好き嫌いや、反対する権利は、誰にだって、どのような物事についてもあるでしょう。しかし、はっきりと言うのならば、子の結婚相手を決めるにおいて、親の「好き嫌い」はまったく関係ありません。 それは、親が結婚する相手ではなく、子が結婚する相手だからです。すべての人が、自分自身が好きな人とお互いに惹かれ合って、結婚する権利を有しているからです。 そうであっても、どうしても子の結婚に反対するのであれば、他の重要な物事と同じように、それ相応の覚悟をもってしなければならない。それが、大人としての責任でしょう。親の立場から主張するだけしておいて、最後は子に甘えて「水に流してもらって当然」とする考えでは、大人として、ましてや親として、あまりにも無責任でしょう。 親が反対した相手と、結局は、子が結婚をした場合、子は、その相手と生涯を共にする夫婦になります。そして、親が反対したというその事実は、子夫婦の記憶にも感情にも、苦々しい出来事として一生刻まれてしまうことを、親は覚悟するべきでしょう。「いづれ、子夫婦も分かってくれるだろう、忘れてくれるだろう」などと、安易に考えてはいけない。 ましてや、子夫婦が歩み寄り続けたにもかかわらず、それが、親としての権力をいたずらに振りかざした、差別もいとわないような、見境がない猛反対であったならば、最悪の場合、子夫婦との関係断絶にまで至っても、何ら不思議ではない。そうなれば、いづれ授かるかも知れない孫との関係構築も、難しくなるでしょう。 大人として、自由と、それに伴う責任をしっかりと受け入れ、その覚悟をもって反対するのならば、それは、誰にも止めることはできません。 けれども、親として、よく考えてみたいものです。 ほとんどの場合、親は子より先に、この世を去ります。その後、子と共に支え合って、生涯を寄り添ってくれる相手というのは、親にとって心底、有難い存在ではないでしょうか。愛する我が子を、そこまで大切に想ってくれる相手とは、この上なく有難い存在ではないでしょうか。 そして、人生において、そのような存在を見つけることができた子に、とても深い喜びと感謝の気持ちを、愛情深い親であればある程、きっと感じるのではないでしょうか。 お互いを想い合う二人が、これからの人生を共に、一歩づつ歩み始めようとしている。子の人生において最も幸せで、かけがえのないその瞬間を、祝福できない親とは、いったいどういうことなのでしょう。本当に子の幸せのために、子を産み、子を育てたのでしょうか。それとも、親自身の幸せのために、親孝行をしてもらうために、親の言うことを聞いてもらうために、子を産んで育てたのでしょうか。 子の結婚相手を意見することが、「大切な我が子を手放したくない」とする「親の美しい愛情表現」だと思い込んでいるのであれば、それは、むしろ「親の勘違い」でしょう。子が親に本当に望んでいるのは、そのようなありきたりなポーズではなく、本物の愛情を正直に表すことではないでしょうか。 子の人生において最も幸せで、かけがえのないその瞬間を、たとえ何があったとしても、心から祝福できる親でありたい。 前回を読む:結婚に反対するということ(1)【勘違いしている親】 同じテーマを読む:家族 Comments are closed.
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