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【勘違いしている親】
「幸せにしますので、娘さんと結婚させて下さい。」 「この人と、結婚したいと思ってます。」 成人した子が、お互いの両親に結婚の挨拶をする。その折には、このようにするべきだと、知らず知らずのうちに、すり込まれてはいないでしょうか。 そして、暗黙のルールのごとく、その続きは「・・・なので承諾して下さい」となる。 子は、二人の結婚を決める権利が、自分たちにあることを理解しているつもりでも、ついつい、親の承諾を求める傾向にあります。また、場合によっては「親が反対する結婚は、しない方が良い」とまで、考えてしまう人もいるようです。 そのような心理を見透かしたように、子の結婚に意見をしたり反対する親が、後を絶たない。 「そのうち愛情なんてなくなるから、条件の悪い相手はやめなさい。」 「同じ国籍・人種の相手にしておいた方が、トラブルが少なくていい。」 また、結婚する相手というよりは、その家族について反対する親もいるようです。 「家族ぐるみの付き合いが、できない相手は駄目だ。」 「こっちは条件が良いんだから、つり合いがとれていないと、後々苦労するぞ。」 更には、特に女性に対して、差別的な意見であっても許されると、それが「子への愛情」だと錯覚する親までいる始末。 「健康に問題があったり、子どもが産めないのなら、絶対に反対だ!」 「もういい歳なんだから、売れ残る前に、早く結婚しなさい。」 これらのように、ややもすれば「子の結婚を決める権利は、親にある」とでも言いたげな親が、多いのではないでしょうか。世界中のあらゆる国や文化でも見られるようですが、日本を含むアジアにおいて、特に目立つように思われます。 それは、元を辿れば、2500年前の中国に生きた孔子の教えが、儒教として、アジア広域に受け入れられた歴史に起因するのかも知れません。「優れた指導者に従い、生きなさい」とする儒教の基本的な教えについて、多くの場合、親が「優れた指導者」だと自動的に解釈され、「親に従うことが美徳だ」となってしまう。 結婚は人生の重要な選択であり、また、大きな岐路でもある。その事実を捉えると、経験の浅い、若い二人で決めるよりも、「親に従うべきだ」とする考えが、アジアにおいて根深く浸透してしまっている。結婚の当人である二人の、お互いを深く想い合う大切な気持ちよりも、親に従うべきだと。 実際に日本の旧民法では、家族の一員は結婚・居住地など自分自身の人生の重要な選択を自由に決める権利がなく、戸主(現在でいう世帯主)の同意が必須要件でした。戸主とは、その家を代表する男性であることがほとんどで、父親か、もしくはそのあとを継いだ長男でした。当時は、子どころか兄弟姉妹であっても、戸主の同意が必須だったのです。そのような法律が、戦後の1947年まで用いられていたことからも、「親が子の結婚に意見して当然だ」とする風潮の根深さが伺い知れます。 けれども、子の結婚を決める権利は、子本人に備わっています。それは、疑う余地のない、人権です。国連総会にて1948年に採択された「世界人権宣言」においても、その権利は、明確にされています。人権とは、すべての人に生まれながらにして備わっている、基本的な権利です。親に、子の結婚を決める権利はありません。 その事実を勘違いしている親が、多いのではないでしょうか。 続きを読む:結婚に反対するということ(2)【祝福できない親って】 同じテーマを読む:家族 Comments are closed.
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