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【格差社会の問題】
過去も現在も、妊娠中絶が禁止されている国や地域では、どうしても出産を希望しない妊婦は、自らの手で中絶をしようするケースが後を絶たない。 世界中で、年間約17百万人の妊婦が医師によらない中絶を行い、そのうち7万人が命を落としています。医師にかかることができない結果として、胎児のみならず、妊婦自身の命さえも犠牲にしたり、一生半身不随になってしまうこともあります。 Pro-Life(命を守る)としては、本末転倒といえるでしょう。 また、医師にかかることができないのは、格差社会の問題でもあります。実際に、医師によらない中絶の約97%は、発展途上国で行われていると報告されています。アメリカにおいては、中絶を希望する女性のうち、約75%が経済的に困窮している状況にあります。 住んでいる地域において中絶が禁止されている場合、経済的に恵まれない境遇にある人たちは、医師によらない中絶の危険にさらされます。他方、恵まれた境遇の人たちは、中絶が認められている州外や海外にでるなど、ありとあらゆる手段を駆使し、結局は中絶ができるといった傾向が見られます。 また、望まない妊娠を防ぐための性教育も、避妊具へのアクセスも、恵まれた境遇の人たちは受けやすく、恵まれない境遇にある人たちは受けにくい傾向がある。 このように中絶の禁止は、世界中で広がりを見せる「格差社会」を助長してしまう傾向があるのです。それは、恵まれた境遇の人と恵まれない境遇の人との間に生ずる、生活水準の格差であり、収入や保有資産の格差です。 そして、性教育や避妊具へのアクセスが受けづらく、望まない妊娠をしてしまい、中絶が禁止されている場合。やむなく出産するのか、あるいは医師によらない中絶の危険にさらされるのか。こうして、中絶の禁止は、恵まれない境遇にある人たちの選択肢を危険なまでに狭めてしまい、ひいては教育や雇用など「機会の格差」に繋がってしまいがちです。 その「機会の格差」が「格差社会」をより深刻化させる、まさに、負のスパイラルに入ってしまうのです。 妊婦の命が危険にさらされた妊娠・出産における、胎児の命と、妊婦の命。さらには、その妊婦の他の子どもたちや、夫や、家族の生活。すべての人たちを守ることが、とても困難な場合があります。 少なくとも言えることは、女性の権利をはく奪することが、正しい解決策とは思えません。他方、赤ちゃんの命を犠牲にすることも、正しい解決策とは思えないのです。 その答えを見いだすのには、悲痛なまでに心が引き裂かれます。それは、一律な法律をもってして、線引きができるようなことではないと思われます。個々の事情を考慮せずに、一律な判断はできないと思われるのです。 そして、Pro-Life(命を守る)に誠意をもって向き合うのならば、妊娠中絶のみならず、すべての人びとの命、生きものの命を守ることを考えない訳にはいきません。 次回は、そこについて、考察を深めたいと思います。 続きを読む:どんな時もPro-Life(3)【すべての命にとって】 前回を読む:どんな時もPro-Life(1)【妊娠中絶】 全シリーズ:どんな時もPro-Life (1)~(3) [1] [2] [3] 同じテーマを読む:倫理観 Comments are closed.
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