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【学びは余計なこと?】
「寝た子を起こさない」という同じ言葉でも、 「やっと寝ついてくれた子を、わざわざ起こさないで」という切実な想いと、 「せっかく治まっているものを、余計なことをして、問題を蒸し返さない方が無難だ」と、 異なる意味合いで、用いられることがある。 そして、「なぜ差別がいけないのか」について話し合うことを「余計なこと」と捉える人たちが、少なからずいます。 アメリカにおいても、一部の州によっては、そのような傾向がみられます。 例えば、黒人系米国人の背景において、過去の奴隷制度や、現在でもはびこる人種差別などによる屈辱は、その歴史を語るうえでは切っても切り離せません。 けれども、テネシー州やアイダホ州など、白人特権にしがみつく人々がマジョリティ(多数派)を占める州を中心として、多くの白人系米国人が不快と感じるような歴史的事実は、法律により、学校で教えることを禁じている。 現在のアメリカは、人口の約59%が白人、19%がヒスパニック、14%が黒人、その他が8%です。一方で、上述したテネシー州は約73%が、アイダホ州に至っては81%が、白人です。 過去に比べてより多角化はしたものの、依然として白人がマジョリティを占めており、その割合が高いほど、白人特権にしがみつく傾向がみられ、排他意識が目立ちます。 そして、過去とは比べられないほど、差別に対する社会的意識が整ってきてはいるものの、これまた依然として、マジョリティの数の力でねじ伏せられる屈辱を、マイノリティ(少数派)は避けては通れません。 現在の日本において、今もなお「日本には差別が少ない」と平気で言い張り、「なぜ差別がいけないのか」について話し合うことを「余計なこと」と捉える人たちが、少なからずいます。 「人種差別」のみを捉えた場合、アメリカよりは、少ないのかも知れません。 けれども、それは「多様性を歓迎する」とか、「あらゆる人たちを受け入れる」とか、金子みすゞさんの「みんなちがって みんないい」など、誇らしい理由からそうなっているとは、残念ながら言えません。 むしろ、ほぼその逆で、人口の約98%が日本人により構成されている「とても閉鎖的な社会」だからと、言わざるを得ない。 次回は、ここの考察をより深めたいと思います。 続きを読む:寝た子を起こす(4)【日本は差別が少ない?】 前回を読む:寝た子を起こす(2)【結果オーライはモロい】 全シリーズ:寝た子を起こす(1)~(5) [1] [2] [3] [4] [5] 同じテーマを読む:差別 Comments are closed.
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