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【自分の中にいる子】
「寝た子を起こさない」と言っては、ややもすれば目を背けようとする、「差別」というとても大きな問題。 それは、「戦争」というとても大きな問題についても、同じでしょう。 私たちは、「戦争により自国が受けた被害」には目を向ける傾向がありますが、「戦争で自国が行った加害」からは目を背けようとする。 「寝た子を起こすな!」と言っては「せっかく治まっているものを、余計なことをして、問題を蒸し返すな!」とでも言いたげに、「戦争加害」について話し合うことを「余計なこと」と捉える人たちが、少なからずいます。 そして、「戦争加害」から目を背けることを黙認する社会は、マジョリティの一方的な理論がはびこる構造を、浮き彫りにします。 悲しいことに、差別・暴力は、いつの時代にも、世界中にあります。それは、動物の本能に攻撃的な部分があり、自身の安全と安心を守るため、縄張り意識を備えているからかも知れません。 それこそ、ほとんどの人は小さな子どもの頃から、利己的な部分を備えています。おもちゃ・遊具・場所などの取り合いで、叫んだり、力ずくでもみ合ったり、叩いたり。「これは、自分のものだ!」と、思い通りにしようと、相手を攻撃する。 情けないことに、それを、大人になっても続ける人たちがいる。あるいは「仕方がないこと」と、「せっかく治まっているものを、余計なことをして、問題を蒸し返さない」ように、黙認する人たちがいる。 けれども、それらは、知らず知らずのうちに社会において差別・暴力を構造化し、その反対側で、差別・暴力に苦しめられる人たちをつくってしまいます。 過去に、本能のおもむくままに動いた大人たちが、どのような酷い差別・暴力を繰り返してきたのか。そして、例えどれほど消極的だと主張したところで、自分自身がその問題の一端を担ってしまわないためにも。 過去の過ちを二度と繰り返さないように、話し・教え・学ぶことが、とても大切なのです。 「差別」と同様に、「何も知らなければ、戦争加害は繰り返されてしまう」という危険性を認識し、子どもたちと「なぜ戦争加害がいけないのか」をテーマに話し合う。 過去の過ちを二度と繰り返さない決意と覚悟をもったなら、歴史の事実を回避することなく、討論を組み込み、意見を述べ、深く掘り下げて、事実を直視する正直な学校教育が、とても重要です。 易きに流され、厳しい事実から目を背ける方法ではなく、厳しくも事実に向き合う方法を選ぶことこそが、自らの誇りを築いてゆく。 「寝た子を起こす」とは、赤ちゃんや子どものことではありません。 厳しい事実から目を背けようとする、自分自身の中にいる「寝た子」を意味しているのです。 前回を読む:寝た子を起こす(4)【日本は差別が少ない?】 全シリーズ:寝た子を起こす(1)~(5) [1] [2] [3] [4] [5] 同じテーマを読む:暴力/平和 Comments are closed.
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