|
【よそでやって】
見知らぬ他者であっても、様ざまな事情を抱え必要としている人たちを、自分にとって最もやすらげる空間へ迎え入れることは、実はとても大切なのです。 それは、アメリカにおける低所得者向け住宅の実情をみても、理解することができるでしょう。 ホームレス・難民になっている人たちが、街中の至る所にテントを張り巡らせたり、路上や車上で生活をする風景を見かける昨今。そのような状況に陥っている人たちの多くが、虐待・暴力・貧困など、生まれながらにして困難な境遇で育ち、生活や教育の基本を得る機会に恵まれなかったのです。 しかも、仕事に就いていても、所得が家賃の高騰に追いつかないこと数十年。現在のアメリカにおいて、低所得者向け住宅は7百万戸超も不足しているほど。 それでも驚くのは、寄付・ボランティア・補助金などの支援により、生活に困窮している人たちへ住まいの提供を、アメリカ史上において最もできているのも、現在なのです。 幸い、増税を受け入れてでも低所得者向け住宅を建設することに、リベラルな有権者たちであるほど投票によって賛成多数を示し、実際に複数の州や市で建設が計画されています。まだまだ足りないとはいえ、人びとの温かい気持ちと行動に、とても希望を感じます。 けれども、更なるハードルはその後もあります。 賛成多数で身を削る増税まで受け入れたものの、いざ低所得者向け住宅の建設地を絞り込む段階になると、それら候補地の近隣に住む多くの住民から「自分たちのまち・近隣の治安が悪化するのは困る」との反対意見が噴出。「どこか、よそでやってほしい」と、建設計画がとん挫してしまうことがよくある。 多くの人たちは、これを「総論賛成・各論反対」で片づけてしまうのかも知れません。 それは、世界人権宣言の「すべての人間は、生まれながらにして尊厳と権利とについて平等である」とする「総論」には大いに賛同。けれども、いざ自分たちのまちにホームレス・難民の人たちなど、困窮する見知らぬ他者がやってくるとなると「話は別だ」となってしまい、「各論」には残念ながら賛同しかねる。 そのような心境から、多くの人たちが「自分たちのまち・近隣以外ならば賛成」と言う。そう押し付け合い続けることで、予算や施工業者の準備は整っているものの、迎え入れてくれる場所が見つからず、低所得者向け住宅の建設が結果的に進まない。 次回は、この考察を「自宅へ迎え入れる大切さ」につなげてみたいと思います。 続きを読む:自宅を支援の現場にする(3)【うちで住みますか?】 前回を読む:自宅を支援の現場にする(1)【その理由】 全シリーズ:自宅を支援の現場にする(1)~(3) [1] [2] [3] 同じテーマを読む:現場ルポ Comments are closed.
|
ENG/JPN Posted Alternately
日本語/英語を交互に掲載 Author プロフィール
JOE KIM Theme テーマ
All
Visits アクセス15,384 (as of 4/1/2026) |
© COPYRIGHT ALL RIGHTS RESERVED.
RSS Feed