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【人間の責任】
はっきりと言うのならば、私たちは理由があってお肉を食べていますが、この「肉を食べる」文化は、モラルに照らして間違っています。 そして、私たちの「魚を食べる」文化も、同じことが言えるでしょう。 2017年の統計によると、世界中において一年間で、動物を遥かにしのぐ約1兆2000億人もの魚たちが、私たちが食べるために殺害されています。世界の人口で平均すると、私たち一人につき毎年150人の魚たちを、食べるために殺害していることになります。 想像を絶する被害者数ですが、この数字でさえも、おそらく過小評価だと思われます。なぜなら漁業の際に、たとえば対象の種類や大きさとは別の魚を意図せずに網にかけてしまい、多くの場合、その魚たちは網にかかったまま死んでしまうからです。 これは「Bycatch」又は「混獲(こんかく)」と呼ばれていますが、多くの被害者たちは、そのまま海に捨てられることから、実際の被害者数の把握は難しい。複数の研究結果によると、Bycatchの被害を含めた場合、私たち一人につき毎年150人どころか500人の魚たちを、食べるために殺害しているのではないかと推定されています。 これは、私たちの平均寿命が80歳とすると、生涯で4万人もの魚たちを食べるために殺害することになります。 「自分や愛する人たち、そして全ての人が、日常生活を送るなかで突然に、殺されても妥当だ」と、結論づけることは到底出来ません。 そうであることから、例えどれほど、お魚料理が好きであっても、馴染みがあっても、私たちの「魚を食べる」文化は、モラルに照らして間違っているのです。 * * * * * * * * * * 私たちの「肉を食べる・魚を食べる」文化。これらについて話をする度に、賛同の声に交じって、大きく分けて2種類の反論を耳にします。 ひとつ目は、「何を言ってるんだ、動物も他の動物を食べるじゃないか。人間が動物を食べて何が悪い」のような反論。 確かに、私たち人類は約500万年前に、野生の動物として始まりました。野生とは、美しい自然と表裏一体の関係にありながらも、強い者が弱い者を支配して生きながらえる、とても殺伐とした環境でもあります。 けれども、人類はそこから少しづつ文明を築いて、今では、地球上における多くの場面において、他の動物を圧倒する存在になっています。森林を伐採し、海を埋め立て、街を造ることにより、たくさんの動物たちは居場所を失ってしまいました。食物についても、多くの場合、人間が独占しています。そして、人為的な地球温暖化により、これらの傾向は益々拍車がかかっている。 その圧倒的立場にある人間は、他の動物たちに、より多くの配慮を示す責任があるといえるでしょう。 それは、「強い者が、弱い者を、支配して生きながらえる野生」を続けるのではなく、「恵まれた境遇にある者が、恵まれない境遇にある者を、いたわる世界」を築くこと。私たちの恵まれた頭脳を、より広い心へと繋げること。 その意味においても、私たち人間は、他の動物と同じように振る舞っていい訳ではありません。 続きを読む:モラルって、何なの?(6)【何も変えたくない】 前回を読む:モラルって、何なの?(4)【殺害の真実】 全シリーズ:モラルって、何なの?(1)~(8) [1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] 同じテーマを読む:倫理観 Comments are closed.
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