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【できる限り減らす】
【モラルって、何なの?】シリーズ第3~6回にわたって、私たちの「肉を食べる・魚を食べる」文化が、モラルに照らして間違っていることを書きました。 けれども、私のことを個人的に知っている人たちからは、「おいおい、そこまで言うか」と思われても仕方がありません。事実、ほんの一年ほど前までは、私も毎食のようにお肉を食べていましたし、悔しいことに、今でも時折お魚は食べます。 私がお魚をたまに食べる理由は、「ツナ缶やちくわ類は、鮮度に気を遣わず保存がきくため、無駄にすることがない」や「外食で寿司を食べることがある」でしょうか。 だからといって、お魚を食べることが「モラルに照らして正しい」と主張することはしません。なぜなら前々回に述べた通り、それは紛れもなく、モラルに照らして間違っているからです。 先ずはその事実を認め、自分が食べるために多くの魚たちを殺害している現実と罪悪感を、正面から受け止める。 そして、それを受け止めたのなら、次に、そこからどうするのか。 そこで、ひとつの解答として考えられるのが「できる限り減らそう」ではないでしょうか。 もちろん、少ないから許される訳ではない。殺害は許されないし、やめなければならない。一方で、生まれてから固形物が食べられるようになって数十年も、当然のようにお肉やお魚を食べ続けてきた人たちに、いきなり「ゼロにしましょう」と言っても、それはなかなかすぐには進まないことが多い。 どのような物事であっても、慣れ親しんできたものをやめるのは、大変な場合がほとんどです。ましてや「食べる」文化ともなれば、尚更でしょう。 そのような中、例えば、毎日お肉を食べている人に「一日おきにしてみては」と提案する。その人がそうしたならば、それだけで、一年間で平均5人の動物たちが殺害されなくなります。 あるいは「二日ぐっとこらえて、一日食べるのはどうでしょう」と提案してみる。その人がそうしてくれたなら、それだけで、一年間で平均7人の動物たちの命を守ることができます。それを十年間続けることができたなら、70人の命です。 お魚の場合、「一日おき」で平均75人の魚たちが、「二日こらえて、一日食べる」で100人の魚たちが、一年間で殺害されなくなります。それを十年間続けることができたなら、750~1,000人の命です。 その人ひとりだけの賛同と行動で、現実として確実に、多くの命を守ることができるのです。 そして、世界中の人たちがそうしたならば、一年間で360億~480億人の動物たちが殺害されなくなります。お魚の場合、一年間で6,000億~8,000億人の魚たちの命を守ることができる。 現在の地球上に生きるすべての人間が78億人であることを考えたなら、たった一年間で守ることができる命は、その数倍~100倍超。それを十年間続けることができたなら、とてつもない程の命です。 「世界中の人たち」とまではいかなくとも、一人でも二人でも賛同と行動が重なることで、多くの命を守れるのです。私たち一人ひとりは、微力ながらも、無力ではありません。また、「何もかも」はできなくとも、「何か」はできる。 私たちが食べるために、人目に触れにくい所で当たり前のように、動物たちや魚たちを殺害している現実。これをすぐにはゼロにできなくとも、減らすことはできます。それが、いづれはゼロに繋がってくれることを願って、できるところからやってみたい。 続きを読む:モラルって、何なの?(8)【ベジタリアン】 前回を読む:モラルって、何なの?(6)【何も変えたくない】 全シリーズ:モラルって、何なの?(1)~(8) [1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] 同じテーマを読む:倫理観 Comments are closed.
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